プラネタリーダンス in 種生(パート1)

2014年10月6日   カテゴリー: 日記

去年の10月、生駒山上で1泊2日で堪能してきた
プラネタリーダンス(Planetary Dance)。
今年は、三重県種生にある青山ハーモニーフォレスト
で体験。初めにこのイベントの知らせを受けた時、正直、
うーん、三重県はちょっと遠いかなぁと内心思ったことは
事実。どうしようかなと一瞬迷ったが、去年の秋の爽快感を
思い出し、あの気持ちよさを再び味わえるのであれば、
三重まで行く価値はあるかなと思い、すぐに参加を決意。

10時開始とあったが、それでも三重県まで行くには、かなり朝早く
出発しなければならない。そこで、主催者のお一人であるCさんに
前泊できないか相談してみたところ、彼女も前泊されるとのことで
一緒に宿の手配をしてくださった。ご親切に夕食もご一緒にと
誘ってくださり、二つ返事でお受けした。

3日夜、赤目口の駅で待ち合わせ。そこまで彼女の友人で今回の
イベントの主催者の一人でもあるAさんが車で迎えに来てくださっていた。
そしてもう一人、プラネタリーダンスは今回人生初というCさんの友人の
Yさんも同じ宿に泊まられるとのこと。夕食に向かう車中で、Yさんは、
今回の参加のために、わざわざ東京から来られたとお聞きして、兵庫県の
私が三重県までは遠いなぁと一瞬でも思ったことを恥ずかしく思った。

夕食は、地元で有名なカフェレストラン「Sanaburi(日本語でさなぶり、
漢字では早苗饗と書く」で、私たち4人に、現地で合流されたAさんの
パートナーのイケメン男子も加わり、楽しく、美味しくいただいた。
メインは、伊賀だけに、松阪牛の手作り煮込みハンバーグにしたが、
とっても美味。デザートにいただいた自家製プリンも絶品で、
たまらなく美味しく、生涯、忘れられない味となりそうだ。

その夜の宿泊は、「宙の学舎(そらのいえ)」という築後200年の
古民家。玄関を入るとおおきなかまどがあり、炭のにおいがあたりに
漂っている。お風呂はシャワー付きで、お手洗いも屋外とはいえ水洗に
改装されているが、天井が高く、太い梁に囲まれた古民家での一泊は
初体験。実はここ、去年10月の生駒山でのセッションの際に、地場の
新鮮でこの上なく美味しいお野菜をふんだんに使った素敵なお料理を
泊まり込みで提供してくださった方のお住まいで、希望者に宿や食事を
提供しておられるという所。去年の秋の体験は、当時のブログにも
書いたが、あの時の美味しいお料理の数々はいまだに忘れられない。
今回は、朝ご飯とお昼の持ち寄りパーティーで、その素晴らしいお料理
の一端を一年ぶりに堪能することができた。

夜通し、虫の音と時折聞こえる鹿の鳴き声(実は、今は鹿さん達の
求愛時期らしい)をBGMに眠るのも初体験。翌朝の日の出セレモニーへの
参加のために、目覚ましを4時40分にセットして眠りについた。
(パート2に続く)


10月に入りました!

2014年10月2日   カテゴリー: 日記

ついに9月は1日しかブログをアップできなかった…。
せめて週に1度はアップをしようと何度も改心するも、なかなか
有言実行できないということに忸怩たる思いを抱いているうちに、
暦は10月に…。

今日は朝からほぼ1日がかりで自宅の窓を二重窓構造にするという
大工事が行われている。9時半に3名の方が来られ、5ケ所ある窓の
工事を手際よく進めてくださっている。
結構、大掛かりな工事で、それなりの費用もかかったのだが、
結露防止や冷暖房の効率をよくするためにということで
思い切って踏み切った。

自室の窓は、1階の道路沿いにあるため、今回、すりガラスチックな
タイプにしてもらったのだが、なかなか気に入っている。
こうして窓の雰囲気が変わるだけで、部屋全体の雰囲気が変わる
ものなのだということに改めて気づいた次第。
それだけでも工事に踏み切った甲斐はあったかなと思う。

こうして一部分を触ると、後は床のフローリングの傷みや壁や天井の
クロスの汚れなども気になりだすものだ。

先日は猫の額ほどとは言え、南側にある庭のお手入れをお願いした。
綺麗に芝生も貼り直してもらい、雑草はものの見事に抜き去られ、
もう少し蚊の出没が少なくなった頃には、テラスに座って、
綺麗になった庭を眺めながらお茶でも楽しもうかと思っている。

新築マンションであったがここに越してきて早や11年が経過。
そろそろ全体的に手を加える時期に差しかかっていることは事実。
でもまぁ、いっときにすべてを手直しするのは大変なので、残りは
おいおいということで、と自分で自分に言い聞かせている。
この大騒動の中、母は優雅に一日デイケア。その方が本人にとっても
周りにとってもベストな結果であったことは言うまでもない。


入閣された女性閣僚たちへのお願い

2014年9月7日   カテゴリー: 日記

あっと言う間に9月に入ってしまった。
夏の日中の蝉の声に取って代わって、夜の虫の音が秋の訪れを
感じさせる。

先ごろ発表された新安倍内閣。女性閣僚の数が一気に増えた。
首相ご自身は、女性の活躍は日本の成長戦略だと言われていた
からには、当然、ご自身の組織も、女性がもっと活躍できるように
組閣されるのだろうとは思っていたが、確かに思い切って、女性を
増やされたようだ。

後は、あの女性閣僚の方々に、「だから女性はダメなんだ」と
周りから言われることなく、「ほぅ~、女性はなかなかやるねぇ。
女性の力は素晴らしい!」と言われるように、日々、健闘して
いただきたいと、心底、願う次第だ。

少し前に、女性の東京都議に対するヤジ事件があった。結果、
一人の男性議員だけが罪を認め、謝罪し、その他にもヤジを飛ばした
人たちは居た筈だが、おとがめなし、という、まぁ、想定内の形で
終結を迎えたことはまだ記憶に新しい。あの時、実際に議会でヤジが
飛んでいるシーンが、TVニュースでも何度も放映されていたが、
ヤジを飛ばされた女性議員は、その方向を向いて、苦笑している
だけだったのだ。

私も若い頃は、多分、女性であるがゆえと思われる、何かイヤなことを
言われても、その場の雰囲気を乱さぬようにと、苦笑してスルーしよう
としたこともあった。だから、彼女が、あの場でとっさに苦笑するしか
なかったという気持ちもよくわかる。が、やはり、そこは、自分の立場を
わきまえて、毅然とした態度を取って欲しかったなと思う。国民を代表して
自ら政治をつかさどる一人の議員として、あの場で、ただ苦笑をしている
だけというのは残念だ。

TVニュースを見る限り、最初に飛んできたヤジは、彼女が、議長に紹介され、
登壇してすぐのこと、それは、「どなたさま~?」というヤジ。その時、
彼女が取った行動は、そのヤジが飛んできた方向を向いて苦笑するという
だけだった。そして、その姿が何度もニュースで放映されていた。

もちろん、男性議員が登壇した場合は、そのようなヤジは、きっと飛んで
こないのだと思う。女性だからゆえに、ああしたヤジが飛ばされたのだと
したら、そういうヤジを飛ばすような人たちが政治をつかさどっているのだ
という現実に直面し、困惑するし、正直、情けない気持ちになる。だが、
残念なことに、それがまだ、我が国の現実なのだ。現実から目を背ける訳
にはいかないので、後は、その心無い発言に対して、言われたほうがどう
対処していくかが今後の防止にもつながり、重要なのだ。

あの場で、ただ黙って苦笑しているだけでなく、毅然とした態度で
「はぁ? 今、議長からご紹介がありましたが、聞こえませんでしたか?
では、改めて自己紹介をさせていただきます」というような発言をして
欲しかったと思う。もしあの女性議員が、最初のヤジに、そう対応して
いれば、その後、さらに品性の無いヤジが続いて出て来ることはなかった
のではないだろうか…。もちろん、そもそも、あのように品性を欠いた
ヤジを飛ばす男性議員たちが一番問題がある人たちなのだが、それを、
その都度、教育し、正していくのは、言われたほうの人たちやそれを
周りで見聞きしている人たちの責任でもあるのでは、と思う。

このたび入閣された女性閣僚の方々も、今までにも、そして今後も
同じような場面に遭遇される可能性もあるだろうが、くれぐれも、
ご自身の立場を認識していただき、そこはぜひ、毅然とした態度で
立ち向かい、いまだ男性中心の社会で活躍している、世の女性たちの
お手本になってほしいと切に願う。


アドラーの教え

2014年8月25日   カテゴリー: 日記

先日、ブログに書いた、最近、脚光を浴びつつある、
オーストリア出身の心理学者アルフレッド・アドラーの 教えに
基づいて書かれた「嫌われる勇気」の中の一節で、
印象に残った言葉を紹介しよう。

同書の中には、印象に残った言葉は、数多く出てきたが、
先日のブログのテーマである『怒り』に関することで、
特に印象に残った言葉がこれだ。
「他者はあなたの期待を満たすために生きているのではない」
その後に、「相手が自分の思う通りに動いてくれなくても、
怒ってはいけません。それが当たり前なのです」と続く。

この一節を読んだ時に、正直、ハッとした。
当たり前のことなのだが、目からうろこが落ちた気がした。
すなわち、混雑する駅のホームで後続歩行者のことなど
お構いなしにスマホを見ながら歩く人たちは、私の期待を
満たすために存在している訳ではないのだ。そう思うと、
そういう人たちに対しても、ちょっとは寛大な心になれそうだ。

齢83歳の母も、当然、私の期待を満たすために存在している
のではないのだ。12月に84歳になる母。若いころに比べて、
精神的にも肉体的にも、その機能が弱くなってきていることは
私の比ではないはず。そう頭ではわかっていても、日頃、べったり
一緒に居ると、ついつい期待通りに動いてくれない母に対して、
イラッとくることが多々ある。でも、これからは、アドラーの
教えを思い出すことにしよう。そうすることにより、日々、
小さな怒りが一杯になりがちな、私の心も少しは安定するのでは
ないかと思う。

アドラーさんの教えは、なかなか奥が深い。さらに勉強してみたく
なり、違う本も買って読んでみた。来年の1月には還暦を迎えると
言うのに、まだまだ人間として成長途上である自分を痛感する。
本当に、人生、日々、勉強だ!


小さな怒りがいっぱい?!

2014年8月17日   カテゴリー: 日記

更年期のせいかもしれないが、少し前から、ちょっとしたことで
無性に怒りが込み上げてくることがある。
家に居れば母の言動でムカッとくることがあり、
TVのニュースを見ては、信じられない事件に腹が立ち、
一歩外に出ると、駅のホームでスマホを片手に、後に続く人のことなど
われ関せずでトロトロと歩く輩に、日々、腹が立つという始末。

不思議なことに、なぜかこの種の怒りは急にカッと生じて、また、
知らぬ間にスーっと収まっていることが多い。とはいえ、ちょっとした
ことでたえず怒りの感情が込み上げてくる自分に対して、別の怒りが
生じていることも事実であり、こんなことを繰り返していてはいけない
と思うことも多々ある。

アートセラピーのレッスンで、怒りをアートで表現してみようという
ことになり、スケッチブックに、私が感じるままに、怒りを絵にしてみた。
すると、小さな星や雲が爆発しているような絵や、よく漫画に出てくる
ような、怒っている人のこめかみに描かれている井桁マークのような絵や
先のとんがった槍のような絵をいくつも描いてしまった。それを見ていた
先生の第一声は「ずいぶん可愛らしい怒りですね」であり、その後、
続けて先生が言われたことは、「小さな怒りがいっぱいあるんですね」。
これには、自分でも、うーん、まさにその通りだなと絶句してしまった。
私のことをよく知る友人に、この話をすると、やはり、「当たってるね~」
と言われてしまった。

そして、次に思ったことは、始末に負えないような、大きな怒りが一つ
いつもドーンと心にあるよりは、小さな怒りがいっぱいあるほうが、
自分の力で御しやすいかもしれないなということだ。

先生に、「怒りは細胞を活性化させるもの。怒りを感じられる人は
喜びも感じられる人。怒りの感情は必ずしも悪いものではない」とも
言われ、自分に対する嫌悪感というか怒りの気持ちはずいぶんと
軽くなった。

先日、知人と、この話をしていたら、その人から、アレフレッド・
アドラーの教えによる「嫌われる勇気」という本を勧められた。
早速、購入、すでに読了し、感銘を受ける個所が随所にあり、
勧めてくれた知人に感謝の気持ちで一杯だ。この内容については
また、後日、ブログに記そうと思っている。


近況報告 (8月上旬)

2014年8月15日   カテゴリー: 日記

フェイスブックには投稿したが、今のマンションに移り住む前の
家に迷い込んで来て以来、20数年間、我が家で一緒に暮らして
いた愛猫チャップリンが、8月8日の朝、老衰のため旅立った。
母と私に見守れら、母のベッドの上で、苦しまず、安らかに
眠るように逝ってしまった。

人間で言うと、110歳位と言われるほどの高齢猫で、まさに
天寿を全うしたと言える逝き方だが、やはり、うちの中でずっと
一緒に暮らしていたため、見る場所、見るもの、すべてが、
彼のことを思い出させて、日に何度か、目頭が熱くなる。
とりわけ、毎晩、同じベッドで一緒に寝ていた母の悲しみは
大きく、ちょうど1週間経った今でも、一日一回以上は
思い出しては、急に泣き出したりしている。

両親ともに動物好きであったため、生まれてから今に至るまで、
必ずいつも何匹かのペットに囲まれて暮らしていた。それゆえ
ペットと暮らすということは、大きな喜びと楽しみを得られる
ものだが、その反面、大きな悲しみや苦しみを得ることにも
なるということは重々わかっているつもりなのだが、
こればかりは、何度、体験しても慣れないものだ。

今頃は、天国で、先に逝った、父の傍で元気に遊んでいること
だろう。今まで、たくさんの楽しみや喜びを与え続けてくれた
チャップリンに感謝の気持ちで一杯だ。合掌。


近況報告 (6月末から7月末まで)

2014年8月15日   カテゴリー: 日記

わずかな数だとは思うものの、継続的にこのブログをお読みくださっている
方々のために、何度も何度も、もっと頻繁に日記をアップしなければと
誓いを立てるも、すぐさま、日々の忙しさにかまけて流されてしまう私…。
いつも持ち歩いている「することリスト」にブログのアップと記し、
記事になりそうなテーマをメモっているのだが、いつもアップする
タイミングを逸してしまうという始末。

気が付けば、5月も6月も2日ずつしかアップしていない。そして、
7月は一回もアップしていないというお粗末な結果となってしまった。

言い訳がましく聞こえるかもしれないが、6月24日の夜から声が全く
出せない状態になり、それを理由に、余裕があるときには、極力、
安静に体を休めておく方が良いとの判断も働き、7月はアップできて
いなかったのだ。

声が出なくなった原因は、アレルギー。杉、ヒノキのアレルギーも若干
あるとのことだが、ハウスダストアレルギーがあるため、季節に
かかわらず、通年性のアレルギーとのこと。アレルギーのせいで、
眠っている時に鼻が詰まり、口を開けて寝ているらしく、のどが乾燥
するようだ。その状態が続いている時に、無理して大声を出したり、
長時間、声を出して話し続けることにより、のどに負担がかかり、
声帯に炎症が起きるらしい。今回、声が出なくなった直接の原因は
声帯に水ぶくれができたとのこと。

10数年前に声帯にポリープが出来て、声がしわがれてきたこともあった。
その時は2泊3日で入院してポリープの切除手術を受けて元通りの声に
なった。今度も、ポリープかと思ったところ、水ぶくれとは…。
幸い、声が出なくなった直後には研修の予定は入っておらず、ほぼ毎日
耳鼻咽喉科に通い、吸入をし、内服薬も飲み続け、ようやくしゃがれ声
とはいえ、マイクを使えば、なんとか声を出して長時間でも話せるように
なった。そうなるまでに、発症後、約1週間は経過していた。
のどの痛みもあり、結構ひどい咳もしばらく出ていた。

無理して声を出してはダメと医師からきつく言われていたため、
自宅でも母とは筆談で話すようにしていた。ちなみに、耳鼻咽喉科に
初めて診察に行った際も、声が出せず、症状が説明できないので、
ワープロで症状を記載した用紙を持参したほどだ。

結局、発症後、最初の研修は7月7日。本当に聞きづらいひどい声で
参加者の方々にはご迷惑をおかけしたが、マイクを使って、
なんとか2時間、話し続けることができた。

7月7日を皮切りに、7月中は合計5回の研修講師をつとめた。
本当はあと1回予定されていたのだが、JRの事故により開始時間に
到着不可能となり延期されることに…。
8月にも5回の研修予定があり、すでに2回は終了。残すは後2回。
今のところ、のどの調子は回復してままでひと安心だが、油断は禁物。

定期的にアレルギーの薬を飲み、睡眠不足にならないように、また、
就寝時にはのどが乾燥しないようにマスクを着けて寝るようにした。
が、これは今の時期、至難の業で、夜中に暑くなり、無意識に自分で
はずしてしまっていることがほとんどだ。


改めて感謝の気持ちを…。

2014年6月24日   カテゴリー: 日記

今日は、マンションの給水管洗浄作業のために朝の9時から午後5時まで
全戸で断水。水不足と言われることもあったが、幸いなことに、ここ
しばらくは、取水制限など経験していない。今回の断水はだいぶ前から
決まっていたので、ペットボトルに水を備蓄していたため、今のところ
事なきを得ている。それでも、流しにたまる汚れた食器を見るのは、
あまり気持ちの良いものではない。あぁ、早く洗ってしまいたい!

それと、つい断水中だということを忘れて、何も考えずに水道の蛇口を
開けてしまう。普段なら、勢いよく出る水が、今は一滴も出て来ない。
ウエットティッシュで汚れた手を拭くだけでは、やはりスッキリしない。
流れる水と石鹸を使って、思いっきりゴシゴシ両手を洗いたい!
でも後2時間は我慢しなくては!

今回の断水で、海外で暮らす人々の生活を紹介するテレビ番組を思い
出した。世界の国々の中には、いまだに水道も井戸もない地域が
たくさんある。そうした地域では雨水をためたり、村から何キロも
離れた川や池まで水を汲むためにひたすら歩く女の人や子どもの姿
が見られる。彼らが苦労をして汲んできた水を見ると、不純物が
混入し、濁っている。とてもそのままで飲めるような代物ではない。
彼らが、普段の私たちの暮らしぶりを見たらどう思うだろうか。
どんなにか羨ましく思うことだろう。

今年もまた、今夏の電力供給量が不足しないか、問題視されている。
普段、何も考えずに当たり前のように使えている水、電力、ガスなどの
恩恵があるからこそ、私たちは何不自由なく生活できているのだ。その
一つでも欠けたら、人は、たちどころに困惑してしまう。中でも、最も
生きていくために無くてはならないものである水が、簡単に使えない
状態になった時、私たちは初めてその不便さに直面する。

人は不便さを体感してこそ、普段、当たり前のことのように思っている
ことに対して、改めて感謝の気持ちをいだくことができるものだ。
病気にかかったり、怪我をしたりして、初めて健康でいられることに
感謝できるのと同じことだ。今回の断水経験により、普段、いつでも
どこでも、簡単に水が使えることに対する感謝の気持ちが再認識できた。
すべての資源は有限。これからは、限りある資源を、もっと、もっと、
大切に、心して使うようにしようと、今、心に誓った。


あっと言う間に6月!

2014年6月11日   カテゴリー: 日記

先月に、前より仕事の量は減っている筈なのに、なかなか落ち着いて
ブログを 書く余裕がないことを反省したにもかかわらず、結局、
5月も2日しかアップできなかった…。
余裕がないことを自分で認めてしまって口に出しているようではダメだ!
なんとかしなくては!この余裕のなさが大失態を招くことに…。

ブログに書くことはあえて控えるが、この4月以降、おそらく、
この余裕の無さが原因だと思える、いくつかの失態を犯している私…。
その都度、寛大な方々のご配慮もあり、なんとか大ごとにならずに
済ませていただけているが、ここら辺で改めて心を入れ替える必要が
あると痛感している。もともと、あわてん坊で早とちりの性格があり、
余裕がなくなると、当然のことながら、その傾向がよりひどくなる。

以前していた仕事が減った分、新たなことが次々と舞い込んでくると、
少し前のブログに書いたが、舞い込んでくるものを、予定に入れるか
入れないかは自分次第なのだ。常に余裕がなくなるような詰め込み方を
するのではなく、ある程度の余裕を残すことが、余韻のある生き方が
出来るコツかもしれない。悔しいことだが、加齢による能力、体力、
精神力の衰えも否めない。

今年もあっと言う間にもう半年が過ぎようとしている。
人生は本当に短い。私には、その短い人生を生き急ごうとする傾向が
あるのかもしれない。とは言え、生き急ぐあまりに、余裕がない生き方を
することは本末転倒のような気もする。これからは、もっと余裕を大事に、
日々、着実に、地に足をつけ、周りの方々に迷惑をかけるようなことが
ないよう、余裕をもって生きていかねば…。


肌色って何色?

2014年5月16日   カテゴリー: 日記

最近読んだ人権啓発関連の冊子に、このようなタイトルの記事があり、
思わず目を魅かれた。

子どもの頃から手にする、クレヨンや色鉛筆で「肌色」という色があった。
その色は、アイボリーに少しピンクを混ぜたような色で、明らかに、世界の
ある一部の地域に存在する人たちの肌の色にしか過ぎない。

もしかしたら、日本だけが、その色を「肌色」と言っているのかどうか、
あるいは、日本語圏以外でも、「肌色、すなわち英語で言うとSkin Color
(スキン・カラー=肌の色)と呼ばれているのか、また、今でも日本では、
「肌色」と呼ばれているのか、恥ずかしながら勉強不足で調査はしていないが、
もし今でも、日本で「肌色」と呼ばれているのなら、ぜひ改称すべきだと思う。

前職時代に、当時のインド人の社長から聞いた話を思い出す。
日本在任中、お子さんは国際学校に通学しておられ、そこは文字通り、
国際色豊かに、世界各国の子女たちが通学している学校だ。
子どもたちの肌の色も、白い子もいれば、黒い子もいる。
教師や保護者も同様だ。

インド人である彼の子どもは、肌の色は黒めだ。ある日、その子が、
肌が白い子どもと一緒にいる時、白いほうの子が、彼の目の前で、
彼の子どもに向かって、突然、『どうして君の肌の色はそんなに
茶色いの?』と訊いたそうだ。見ていた彼は、一瞬ドキッとした
らしいが、そこは黙って見守ることにしたらしい。

すると、彼の子どもは落ち着いて、『僕の肌の色は小さい時からずっと
茶色だよ。パパとママも僕と一緒で茶色いよ。家族、みんなが茶色だよ』
と答えたらしい。そう聞いた相手の子どもは、『ふーん、そうなんだ。
僕と違って茶色い肌の色の人もいるんだ』と納得し、二人で手をつなぎ、
笑い合いながら元気に走り去って行ったらしい。
『子どもの素直な気持ちから発せられた質問を聞いて、思わずドキッと
してしまった自分を恥ずかしいと思った』と彼は苦笑していた。

ダイバーシティ(多様性)の尊重と活用推進の妨げになるものは先入観。
ごく一部の人たちの肌の色でしかない色を「肌色」と呼称することは、
まさに、その先入観を人々に植え付けることになってしまう。しかも、
クレヨンや色鉛筆は、ごく幼い頃から手にする道具だ。
幼少時に刷り込みをされた先入観を払しょくすることは、もしかしたら、
至難の業ではないだろうか。最近は、気づいた人たちが声をあげ始めて
いるため、かなり減ってきたように見受けられるが、それでも、こうした
先入観を与えるような文言は、巷には、まだまだあふれている。
少しずつでも改善していければと、そのために今、自分ができること、
すべきことを迷うことなく実行し続けたい。