母、達成感を満喫!

2015年3月18日   カテゴリー: 日記

長年にわたり、家事をサポートしてくださっていた知人の方が、
ご家庭の事情でサポートしていただけなくなってしまった。
母が日々、服用している数種類に及ぶ内服薬のセッティングも
彼女のサポートの一つだった。以前は、彼女ができない時には、
私が代わりにセットしていたこともあり、『これから私がセット
するよ』と言ったのだが、いつの間にか、母が一人でセットを
するように…。

その時の母の姿たるや、一見に値する。
さすがに、額に鉢巻こそ巻いていないが、まるで鉢巻を巻いているが
ごとくのすさまじさだ。なぜか、昔、母と観た映画、「八つ墓村」の
1シーンを思い出す。そう、あの亡霊が、額に巻いた鉢巻に
火のついたろうそくを立てて走る、あのシーンだ。

小分け用の袋にセットされた薬が残り少なくなると、朝から、
『あぁ、今日は薬のセットをしなきゃぁ』と唱えている。
いざ作業が始まると、食卓半分を 使い、朝、昼、夕、寝る前と
書かれた小さなビニール袋を、所狭しとたくさん 並べ、リストに
書かれている通り、シートに収まっている薬を取り出し、順番に
小袋に入れていく。いったん作業が始まると、終わるまでは
誰も近寄れない雰囲気満載だ。『途中で話しかけないでよ』と
言われているので、さわらぬ神にたたりなしと、あえてそばにも
近寄らないようにしている。

作業を始めてから、ゆうに30分は経過しただろうか。もしかしたら、
小一時間は経つかもしれない。突然、喚起に満ちた声で叫ぶ母!
『あぁ、やっと終わった~っ!』
満面の笑みを浮かべ、背伸びをする母。
『これしたら、めっちゃ肩こるねん』と言うので、
『しんどいんやったら、言うてくれたら、私がするのに…』と言うと、
『うん。でも、これ、やり終えたとき、めちゃ達成感があるねん』
と答える母。

御年85歳ともなると、日常生活の中で、なかなか達成感を感じる
機会も少なくなるのではないだろうか。そんな中で見つけた
身近な達成感。きっと、こういうことの積み重ねが、老化防止に
つながるのではないだろうか…。
母には、この感覚を心行くまで満喫してくれればと願うばかりだ。


またしても、言い訳…。

2015年3月17日   カテゴリー: 日記

1月は行く月(いぬ月)、2月は逃げる月、3月は去る月、と言われるように、
本当に年が明けてからの月日の経つのが早いこと!
また、言い訳から書き始めることになってしまうが、あれよあれよと言う間に
どんどん日が経ち、気が付けば、1月は誕生日の記事を一度書いただけ。
そして2月は、ついに一度もアップできずに終わってしまった…。
せっかく、私の好きなカエルちゃん満載の素敵なイラストでリニューアル
していただいたのに、肝心のブログがアップできないようでは、
イラストレーターの方をはじめ、リニューアルにご尽力いただいた関係者の
方々に申し訳ない気持ちで一杯だ。とはいえ、誰もが自由に読める設定の
ブログであるがゆえに、やはり、いざとなると記事の容を考えてしまう。

どこに行った、何かを食べた、という記事もたまにはアップしているものの、
なんだか自慢めいて聞こえないか、私がどこに行こうと、誰と何を食べようと、
読者にとっては、関係ないことではないだろうか、などと考え出すと、正直、
思うように書けなくなってしまう…。

たまに読んでくれているらしき従妹の一人からは、「ぼやき記事が多い」と
忠告されるし、「それはいかん」と思いながらも、テレビのニュースを
観ても、一歩外に出ても、人一倍正義感が強く、古いタイプの人間であるせいか、
ぼやきたくなること満載というのも事実。
加えて、親せきや昔からの家族ぐるみでお付き合いのある知人の方も読者で
あるとを知っているため、御年85歳の母や私の近況も伝えねば、という
使命感にかられることも…。

あぁ、でも、世の中、あちらを立てればこちらが立たず、と言うように、
毎回すべての読者の方々に、同時にご満足いただける記事を書くことは
至難の業と割り切って(開き直って?!)、この際、あんまり色んなことを
深く考え込まず、頭に浮かんだことを心のままに、その都度、書いていこうと
改めて決意した次第。ひところ流行ったディズニー映画の主題歌のように、
ありのままで行くのがベストなのかも。
♪ありの~ままの~姿、見せるのよ~♪


60回目の誕生日を迎えて…。

2015年1月11日   カテゴリー: 日記

昨日、1月10日は、60回目の誕生日。
アメリカ人の友人が、去年から、一緒にランチに行こうと
誘ってくれていたので、大阪のフェスティバルホールの上、
37階にあるレストランで素敵なひと時を過ごすことに…。

日本でも還暦があるように、アメリカでも60歳の誕生日は、
Big 60と言って、特別に盛大にお祝いするらしい。
去年、彼女に、誕生日の予定を訊かれて、特に予定がないと
言うと、『そんなのダメよ!ビッグ60のお誕生日に何も
予定がないなんて、ダメよ~ダメダメ』とばかりに言われて
しまった。そこで、彼女おすすめのフレンチ&イタリアン
レストランに、その場でランチの予約を入れてくれたのだ。
こんな風に、行動的な友人をもっている私は果報者だ!

彼女のご主人が車で大阪まで送ってくださり、帰りも迎えに
来てくださり、寒さ知らずのゴージャスランチを満喫。
フェスティバルホールはリニューアルされたことは知って
いたが、行くのは初めて。彼女の案内で館内を見て回る。

37階から眺める青空や眼下に広がる景色に感動し、
美味しいお料理に舌鼓を打ちながら、楽しくおしゃべり。
気が付くと、あっと言う間に2時間も経っていた。
その間、彼女のご主人は近所にあるオフィスで、新年の
ご出張続きで、たまっている書類の整理をされていたらしい。
恐縮な気持ちで一杯だ。

大阪から芦屋に戻り、かねてから行ってみたいと思っていた
喫茶店でまたまたおしゃべりし、帰宅したのは夕方5時ごろ。
彼女のおかげで、一生に一回のBig60の誕生日が、実に
思い出深いものになった。

親戚からは、多分、還暦にちなんでくれたのだろう、すべて
赤い花で統一された花束が、また、親友たちから素敵な

アクセサリーが届き、Facebookやライン、携帯メールでも、
大勢の友人、知人、親せきからも心あたたまるお祝い
メッセージを次々に頂戴し、自分が、なんて幸せで恵まれて
いるんだろう、ということを改めて痛感した。
本当に、有り難いことだ!生まれた日が本えびすの日である
ことも覚えやすいようだ。
こういう日に産んでくれた母にも感謝だ。亡き父が、5で
割り切れる数字が好きで、予定日がこの頃だとわかった時に
母に、10日か15日に産んだら、賞金を出すと言った
らしい。果たして本当に、母が賞金を受け取ったかどうかは
定かではないが…。母に訊くと、もらってないみたいだと。

60歳を迎えた実感は、正直、まだ湧いてきていないが、
ひと足先に還暦を迎えた友人たちは、『そのうちに段々と
実感するはずだから…』と言う。さぁ、これからどうなる
ことやら…。

世の中には、誕生日を迎えるのがイヤだという人もいる
ようだが、私はやはり、健康で多くの人から祝福され、
誕生日を迎えられるということは、いくつになっても
嬉しいことだと思う。還暦と言うだけに、人生、ひと回り
して、また赤ちゃんに戻り、一からやり直す気持ちで、
歩み続けよう!


母の誕生日

2014年12月24日   カテゴリー: 日記

昨日、12月23日は母の85歳の誕生日。
朝から、親戚や友人からのお菓子や花束、
そして、孫のいない母が、まるで孫のように
可愛がっている東京在住の甥の子どもたちから
アルバムが届き、嬉しいサプライズの連続!

そのあと、サプライズが、クライマックスを
迎えることになる! それは、母の従兄の
息子さんが、ご両親である従兄ご夫婦を伴い、
うちまでお越しくださったことだ。母の従兄は、
少し前に病に倒れられたと聞いており、母も
お見舞いに行きたい気持ちは山々ながら、
自分自身が介助なしでは動けないという不自由な身
であるがゆえに、お手紙を出してご様子を伺って
いたようだ。

ところが、昨日、何の前触れもなく、突然、
ご家族お揃いでお越しくださり、母は涙、涙の
大感動!まだ少しお体の一部に不自由な部位はある
らしいが、従兄も母との対面に満面の笑顔…。
おそらく幼少時には一緒に遊んだこともある筈の
従兄の息子さんとも何十年ぶりかにお会いすること
になり、母のおかげでご縁がつながったようだ。

息子さんがご配慮くださり、前もって連絡すると
かえって気を遣わせるといけないからと、思い切って
突然の訪問を計画してくださったとのこと。
ちょうど昨日は訪問看護師さんが来られる日で、母は
入浴も終え、ホッとひといき入れているところに
お越しくださったので、まさに絶妙のタイミング!
マンションのロビーでの立ち話だけになってしまったが、
それでも従兄のお元気な姿を目の当たりにできた母は
とっても喜んでいた。

夜は、母のリクエストでお寿司を食べに、二人で外食。
あらかじめお店の方にお願いしていたデコレーション
ケーキを持ち帰り、二人で自宅でお祝い。
ハッピーバースデーの歌をうたい終わり、ろうそくの火を
吹き消し、そのあとまたしても、感極まって泣き出す母。
本当に感情表現の豊かな人だ!

結構たくさんお寿司を食べて、『もうおなか一杯だよね』
と帰りの車の中で話していたのに、目の前に出されたケーキを
見ると『これは別腹だよね』と言い訳しながら、ペロリと
好物のチョコレートケーキを一切れ平らげるではないか。
一緒に居ると、イラつくことも多々あり、声を荒げてしまう
ことも度々あるが、可愛いところもたくさんあるので
憎めないんだよね。いつまでも元気でいてほしいものだ。

 

 

 


今日の気づき

2014年12月22日   カテゴリー: 日記

久々の投稿!
この8月頃から準備をお願いしていた、素敵な
イラストレーターさんとサポーターさんのおかげで
ブログのトップページをリニューアルしていただいたと
いうのに、以来、なかなか記事をアップできておらず、
多少、焦りを感じている今日この頃…。あれよ、あれよと
言う間に、師走に突入。そして、今年も残すところ、
もうあと9日となってしまった。

今朝は、母を連れて、某病院の眼科の定期検診に行ってきた。
そこの病院の眼科はかなり有名で、待合ロビーには、いつも
大勢の患者さんがおられる。予約制にはなっているものの、
到着してから待つことしきり。待ち時間を利用して、こっそり
マンウォッチングをする母と私。

大病院なので、入院患者さんも受診に来られている。
点滴をぶら下げ、車椅子で来られる方が多いのだが、
近くにおられたおひとりの患者さんと看護をされている
お父さんらしき方に自然と目が行く。
その患者さんは、おそらくまだ20代後半と思える
うら若き女性。パジャマの袖口からのぞく、その腕の細さに
思わずドッキリする。

病気でなければ、まさに青春を謳歌されるまっただ中と
言えるような年齢なのに…。彼女のケアをされている
お父さんの姿がとても優しく、見ているだけで胸が熱くなる。
きっと、自分が娘に代わってやりたいと思っておられる
のではないだろうか…。

母もその二人の姿を見ていたらしく、帰りのタクシーの中で、
先に、母が、『ねぇ、ねぇ、さっき待合ロビーにいらした女性の
入院患者さん、お幾つぐらいかなぁ。お父さんが優しくお世話
してはったよねぇ』と話し出す。『まだ20代後半と違うかな。
本来なら青春をエンジョイできる年頃なのに、入院だなんて
気の毒だねぇ。いろんなことあっても、こうして入院もせずに
健康で日々を暮せているってことに、私たち、もっと感謝を
しないとねぇ』と答える私。

『そうだねぇ。私も痛い所やつらいこと一杯あるけど、それでも
なんとか入院もせずに、日々、暮らせていることに、まずは
感謝せなアカンね』と母。

しんどい時、つらい時、なんでこんな目に会うんだろう!と
自分だけが不幸な目に会っているように思ってしまいがちだけど、
世の中には、もっとしんどい、つらい思いをしている人たちが
いるってことを忘れてはいけないよね、ということに気づかせて
もらえた師走の一日だった。


可愛らしい会話?!

2014年11月24日   カテゴリー: 日記

金曜日は、米子に日帰り出張、一人旅。
おりしも巷は、翌日から3連休のため、観光客で
あふれていた。
往路の車中もかなりの混み具合で、少し前の席では
向かい合わせの席に4人の男性が…。
列車が発車する前から、紙コップで日本酒を酌み交わし、
おつまみのするめを口にしながら、 話に花が咲いていた。
皆さん、 年のころは、定年退職して、しばらく経った頃かと
お見受けした。職場のお仲間だったのか、同級生なのか、
その間柄は定かではないが、かなり親しいようだ。

酌み交わされるお酒の量と比例して、話す声の大きさも
だんだんと高くなり、聞こうとせずとも話していることが
すべて耳に入ってくる。

聞くともなしに聞いていると、最近、飼い始めたペットの話や
息子や娘、孫の話など、あの年ごろの女性4人が交わす会話と
あまり変わらないのではないかということに気づく。が、お酒が
まわってきたせいか、そのうちに、『あぁ、この会話は、
女性の4人旅では出ないかも』と思える話題へと…。

家族旅行の際に、かわいい孫から、おじいちゃんのいびきが
うるさくて眠れなかったと言われてショックだったとか、
女房は素直に言うことを聞いてくれないけど、ペットは常に従順だ
とか、他愛のない会話に思わずニヤリとしてしまう。

極め付きは、「俺なんか、死んでも誰も泣いてくれへんやろなぁ」
のひとこと。お仲間が、「そんなこと、あらへんで」と慰めるも、
「いいや、そんなん言うてるお前かて、死んだら誰が泣いてくれる
と思うんや」と言い返す始末。それを聞いていた、もう一人のお仲間が、
「心配せんでもええで~。お前が死んだら、俺は泣いたるで~」と。
まぁ、ホントに、なんとも可愛らしい会話ではないか。おかげで
岡山からの2時間、ちょうど良い退屈しのぎになった。


母の嫉妬?!

2014年11月16日   カテゴリー: 日記

先日、母と一緒に、インフルエンザの予防注射を摂取しに
行ってきた。

その翌日から、毎年のことだが、注射痕が赤く腫れて
かゆくなる。かゆい、かゆいと注射痕を気にする私の姿を見て、
『私は、全然、そんなことないわ~』とやや不満げな母。

その後、母の口から出た言葉に驚いた。
『あんたはまだ若いから、反応がいいんやわ』と言う。
でも、若いと言われても、来年、還暦をむかえる私が
若い部類にはいるのだろうか、と一瞬悩む次第。
まぁ、確かに御年85歳の母と比べると若い部類に
はいる訳だが…。

『もしかしたら、私は高齢やから、効き目が少ないように
されてるんかな』 と続ける母。
確かに、年齢差があるため、もしかしたら摂取量に若干、
差があるのかもしれないが、効き目が少ないとまで思うとは…。
これって、一種の嫉妬と言えるのかも…。

思えば、このシーン、ここ数年、インフルエンザの予防接種を
受けるたびに 繰り返されているように思う。この12月23日に
85歳となる母。 彼女の嫉妬はこれだけで収まりそうにないと
予想される。が、反面、そういう感情があって言葉に出せるって
ことは、母こそ、若いってことだとポジティブに とらえておこう。


Walking Meditation

2014年11月9日   カテゴリー: 日記

先日、Walking Meditation (ウォーキングメディテーション)なるものを
初めて体験した。 日本語訳は、『歩く瞑想』とでも言うのかな。

秋晴れの青空の下、初めて訪れた京都のとある神社の境内を
静かに黙って、深呼吸をしながら、呼吸に合わせて、ゆっくりと
歩いて散策するのだ。複数名のお仲間も一緒に歩いたのだが、
それぞれが歩きたい速度で、歩きたい場所をただゆっくりと
黙って歩き続ける。

日頃はせっかちな性格もあり、かなりの速度で歩く私にとっては
ゆっくり歩くというのは、初めての経験。おしゃべりも大好きな
私が、誰ともひとこともしゃべらずに、ただひたすら20分程
時間をかけて歩くということも初体験。
そこで気づいたことは、たくさん!

風に揺れる木の葉のざわめきや様々な小鳥があちこちでさえずる、
それらの音のなんて、耳にやさしく、美しいこと。
黙って聞いているだけで、心が洗われるようだ。
木々の葉っぱの色づきや、苔むした大樹の幹にそっと手を当て、
その古木が見つめてきたであろう歴史に思いを馳せると、
自分の存在が、なんてちっぽけなものだろうと痛感。
木の枝や幹に宿るやどり木や、それほど太くない木の幹にからむ
目にも鮮やかな赤色の蔦を見ては、その生命力のすごさに感動。

いつものように誰かとおしゃべりしながら、せかせかと歩いて
いては、絶対に体感することができなかったと思う。
普段、何げなく目や耳にしている筈の景色や音が、これほど
新鮮な発見になろうとは、自分でもいささか驚いた。
本当に素敵な体験だった。

一つ、面白かったことがある。おりしも季節は七五三、神社には
家族連れの参拝客が何組かお参りに来られていて、その人たちが、
無言であちこちをゆっくりと歩き回る女性たちの集団を見る目だ。
変な宗教団体かと思われたかもしれないが、まぁ、人がどう
思おうと、誰かに迷惑をかけている行為ではないので、
人目は気にせずに、またいつか、Walking Meditationを
一人でもやってみようと思っている。


11月、すでに2週目も終盤に…。

2014年11月8日   カテゴリー: 日記

10月は、かろうじて2日だけアップできたブログ…。
書きたいこともありながら、落ち着いて書く暇もなく、11月も
もうはや2週目も終わるという頃に突入してしまった。

実は、現在、ブログのトップページのデザインを更新しようと
関係者の方々にご尽力をいただいている次第。
おそらく今月中には、心機一転、イラストメインのページに
生まれ変わることになっている。我ながら、気に入っている
デザインなので、これを機会に、ブログのアップの頻度を
あげたいと思っている。

9月初旬に、新たに生まれた5名の女性大臣に期待していると
書いたにもかかわらず、あっと言う間に2名が辞任という残念な
結果になってしまった。でも、あの辞任理由は、女性だから
どうのこうのと言われることではないと思うのだが、メディアは、
こぞって『女性閣僚が辞任』と『女性』という言葉を形容詞のごとく
使って書き立てていた。前に、『盲目のピアニスト』と呼ぶのは
やめてと彼の母親が訴えていたニュースを思い出した。

かつて男性閣僚も何名も辞任していたが、その時のニュースには
『男性閣僚辞任』とは書かれていなかったように思う。
男性や女性を形容詞のように使うのではなく、それぞれ名前がある
訳だから、『〇〇大臣が辞任』という書き方でよいのではないか
と思う。こういう記事の書き方を見ても、残念ながら、日本はまだ、
ダイバーシティの理解と尊重という面では遅れを取っているようだ。


プラネタリーダンス in 種生(パート2)

2014年10月6日   カテゴリー: 日記

(パート1から続く)

まだ暗い内から起き出して、5時半に伊賀にお住いのAさんが車で
迎えに来てくださり、会場の青山ハーモニーフォレストに向かう。
台風接近でお天気が心配だったが、雨は降らず、時折、雲に覆われるも
大半は青空を拝めるという、雨女の私としては上々の出来だと言える。

日の出セレモニーには、兵庫県芦屋市から大型バイクに二人乗りで
愛犬2匹も伴い、カップルで来られたお二人も参加。5時半に間に合う
ように3時半に芦屋を出られたとのこと。お二人のモチベーションの
高さとコミットメントに感動。

日の出セレモニーでは、ジャンベと呼ばれる太鼓と笛の音に合わせて、
Aさんのリードで、みんなでダンスを一曲、踊った。
その後、10時ごろから、各地から、参加者の皆様が順次集まって
来られた。さぁ、いよいよプラネタリーダンスの本番開始だ。
ここは、「種が生まれる」と書いて、「たなお」と呼ぶらしい。
種が生まれるだなんて、夢がある、素敵な地名だ。そこで、
今回のテーマは、第1楽章★タネガウマレル とのこと。

先にホール屋内で、プラネタリーダンス初心者の方々のために、
同ダンスの創始者のアナ・ハルプリン氏によるワークショップを
受けてきたCさんが、ダンスが生まれた背景や何をするかについて
説明してくださり、その後、おなかから声を出す練習や大地に根が張る
ように足を地面につけて立つ練習などをして、いざ本番に臨むことに…。

ホールからみんなで並んで、屋外の会場となっている芝生の広場に向かう。
広場では、輪になって立ち、一人ずつ、どんな思いを込めてダンスをするのか、
ひとこと宣言してから、走り始める。そう、ダンスと言っても踊るのではなく
単に走るだけ。時計回りの反対方向に一列に並んで、ただひたすら走るのだ。
疲れてきたら、内側の円に入り、走る列とは反対の方向を向いて一列に歩く。
歩くのにも疲れた場合は、円からはずれ、円の外でひと休みするのもOK。
ただし、心は円になっているみんなと共に置いておく。そして、また、
走りたくなれば、円に戻って走る。これを、小一時間、円の中央で
演奏されるコンガやジャンベ、笛の音に合わせて繰り返すだけ。こ
れを称してプラネタリーダンスと言う。

Planetary Dance(遊星のダンス)と言うだけあって、本来は、屋外で
行うものらしいが、昨年秋の生駒山上でのセッションも台風接近とかで
あいにく雨模様のお天気でだったので、屋外で体験するのは今回初めて。
青空のもと、芝生の柔らかさと強さを足の裏に感じながら走ることの
気持ちよさを満喫し、今までとは違う爽快感を味わえた。

終了後は、参加者の皆さん持ち寄りの食べ物を囲み、芝生の上での
ランチを楽しんだ。参加者の皆さんは、一様に素敵な方ばかり。
初めて会ったとは思えない程、打ち解けられ、おしゃべりに花が咲く。

金曜午後は仕事を終えてからの直行だったので、PCや動きやすい服装持参
という大荷物をかかえての片道約2時間の移動は、正直、いささか勇気が
必要だったが、参加後は、その疲労感を吹き飛ばせるような気持ち良さで
心身共に満たされていた。これは体験した人にしかわからない気持ちだと
思うが、仕事や日々の生活に疲れた人たちに、ぜひとも、このプラネタリー
ダンスを体験してもらいたいものだ。
プラネタリーダンス、万歳!
昨年秋に引き続き、今回も参加を決意した私にも万歳!