まぁまぁ満足

2011年10月17日   カテゴリー: 日記

体操の世界選手権大会、男子体操個人総合で史上初の3連覇という偉業を
成し遂げた内村選手にテレビのレポーターがインタビューしいた。
「今回の成果に対するご自分の満足度は?」という質問に対する彼のコメントが、
「まぁまぁ、満足しています」というもの。
「あれでも、まだ、まぁまぁというレベルなんですか?」ときき返すレポーター。
「はい、そうです」ときっぱり答える内村選手。
あれだけのことができても、『大満足』ではなく『まぁまぁ満足』という謙虚さ。
これが更なる進歩を遂げ、更に素晴らしい成果につながることになるのだろう。

内村選手と肩を並べるつもりなど毛頭ないが、彼のコメントを聞いていて、ふと
自分のことに照らし合わせて考えてみた。前職時代も、独立してからも、
あちこちで何度も講演をさせていただいているが、講演終了後にいつも自分自身で
振り返りをしている。その時に、今の講演の成果に対して『大満足』と思うことなど
皆無に近い。たいていの場合は、参加者アンケートをいただくので、それを見ては、
励みに思ったり、あるいは反省したり、と一喜一憂している。

コンサルタントという職業をしていると、先生と呼ばれることも多い。でも私は、
可能な限り、先生とは呼ばないで欲しいとお願いしている。でも、
「そんなこと言ったら自信がないみたいに思われるよ」とか、「あなたはコンサル
タントなんだから、先生って呼ばれるのが当然よ」などと言ってくれる人もいる。

とはいえ、私が思うには、先生というのは、やはり自分が学ぶことよりも教えること
のほうが多い人のことを指すのだと思う。その点、私は、まだまだ学ぶことが多い。
講演に参加してくださった方からの反応やアンケートに書かれたコメントからも
新たな気付きをたくさんいただきながら、まさに“日々勉強”の気持ちで過ごしている。
情けない話だが、講演のたびに、いくら周到に準備していても、自信たっぷりで
臨んだことなどほとんどない。(そうは見えないかもしれないが、内心は、いつも
ドキドキものだ。)終了後も、「まぁ満足」と思える日はあっても、いまだかつて
「大満足」と思えた日はほとんどない。

でも、内村選手のコメントを聞いていて思った。
「大満足」しないからこそ進歩があるんだ。これからも謙虚な気持ちを忘れずに
“日々勉強”の気持ちで前進していこう。


母の気持ち

2011年10月16日   カテゴリー: 日記

駅近くのマンションに住んでいると、便利なのは大変ありがたいことだが、
電車の音がよく聞こえる。まず近くに2箇所ある踏切の鐘の音が聞こえ始め、
そのあと、電車の通る音がかなりの大きさで響いてくる。
道路を一本隔ててすぐ横に線路があるわけだから致し方のないことだ。
夏に窓を開けたりしていると、聴力が衰えつつある母のために、
かなりの音量で流れているテレビの音すらかき消されてしまう。
友人と電話で話している時など、「今、駅なの?」ときかれることもある。

今朝も母と食事をしている時に、電車が通る音が聞こえてきた。
窓をあけているため、かなりの音だ。
「やっぱ、窓開けてると、電車の音、すごいね」と言う私に、母が答えた。
「うん。でもね、時々、夜、電車の音が聞こえた後で、あれに乗ってるんかなぁ、
と思ってたら、ホンマにそのちょっと後に帰ってくる時があんねん」と嬉しそう。

電車の音をやかましいと思わず、楽しみにしている母……。
言われてみれば、そんなふうに誰かを待つという経験を、久しくしていないような
気がする。

電車の音を騒音とは思わず、その音が聞こえると、大事な人に思いをはせる人も
いるんだな、ということに 気付いた日曜の朝の出来事だった。


コロッケとカラオケ?!

2011年10月15日   カテゴリー: 日記

少し前まで、胃腸の不調を訴え、食欲がなかった母。
最近は見違えるほど元気になってきて、色々と食べたいものが浮かんでくるそうだ。

今夜の夕食はちょっと手抜きで、近くのホカ弁やさんでゲットすることに…..。
何が食べたいかときくと、『コロッケ、それから、カラオケもっ!』と答える母。
メモ用紙に、コロッケと書いて、その横に思わずカラオケと書きそうになり、
気づいた私。『カラオケって何よ?』とききかえそうとしたその瞬間、
『あっ、カラオケとちごて、唐揚げや!』と母。
そのあと、二人で大笑いしたことは言うまでもない。

それにしても、コロッケと唐揚げって、どんだけ脂っこいもん食べんねん!って
心の中で突っ込んだ。でも、食べたいと思うものがあるのはよいことだ。
食欲があるということは、まさに元気に生きているという証。

ちょっとした、たわいないことで大笑いすることも元気な証拠。
今年12月に82歳になる母。足腰や入れ歯の調子は思うようにならないようだが、
食欲があるうちは、まだまだ元気に長生きしてくれそうで有り難い限りだ。

余談だが、コロッケとカラオケって、韻を踏んでいるようで面白いかも……。


ものは考えよう。

2011年10月10日   カテゴリー: 日記

最近、物忘れがひどくなってきているようだ。
物忘れというよりも、注意力散漫な時が多いと言うほうがふさわしいかもしれない。
特にあわてて外出する時がひどいように思うからだ。

昨日も、玄関を出てから、携帯を持っていないことに気づき、取りに戻った。
次に、今度はマンションの玄関を出てから、車のカギを持っていないことに気づき、
また戻った。

「あぁ、もうイヤんなっちゃうわぁ」と何度も廊下を往復しながらぼやく私の
背中に向かって母がひとこと。
「痩せるからええやん、そんだけ出たり入ったり、よう動いてたら…..」と。

その言葉を聞いて思わず、うまいこと言うなぁ、と感心してしまった。
実は昨日の朝、久々に体重計に乗り、驚愕の叫びをあげた私。
それを母はしっかりと見て知っていたのだ。
人生、最高の体重に突入してしまったのだ…..。運動せなっ!
(残念ながら、食べるのをやめるという選択肢は私にはない。)

今朝、おそるおそる再び体重計に乗ると、ほんの少しだが減っていた。
まさか、昨日、忘れ物を取りに廊下を二度往復したから減ったというわけでは
ないだろうが、ちょっと安心。 その安心が危険なのだが…..。

なにごとも、“ものは考えよう”ってことか。


これって、なんか変…..。

2011年9月30日   カテゴリー: 日記

当社のスタッフで、愛煙家の男性が、新しい使い捨てライターを使い、
腱鞘炎になったらしい。あまりの固さに働き盛りの男性でも音を上げたとのこと。
新聞紙面でも、女性や高齢者には使いにくいという難ありとの報道。
結局、前述の彼も使いやすい、使い捨てでないタイプのライターに換えたという。
使いにくい使い捨てライター、結局、誰も使わないようになるのでは、と案じるのは
私だけだろうか。 

そもそも子どもが手の届く場所にライターがあること自体、どうなんだろうか。
私たちが子どもの頃から、そして今も、子どもにとって危険なものは身近に色々
たくさんあるはず。それをすべて片っ端から、子どもが使いにくいタイプのものに
換えていくことは不可能だし、まして、それが正しいこととも思えない。
それよりも先に手を打つべきことがあるのでは…..。
子どもを育てる大人への「教育」、そして、成長過程にある子供への「教育」の
重要性について、今一度考える時ではないだろうか。 

使い捨てライターに続いて、今回のユッケ規制にも同じようなことが、言えるのでは
ないか。ごく一部の心無い業者が、してはいけないことをしていた結果、起こって
しまった不幸な事件で、亡くなられた方は本当にお気の毒としか言いようがない。
とは言え、今まで何の問題も起こさずユッケを製造販売されていた業者に対して、
新たに厳しい規制を課すのは、いささか本末転倒の感じだ。規制を厳しくして、
結局、消費者にとって気軽に口にできない価格になってしまうのではないだろうか。
食材として提供する業者が確固たる自覚をもつことにより、このような不幸な事件は
減少していくのではないだろうか。
またしても、大人への「教育」が肝要だと思う出来事だ。


朝からショック!

2011年9月26日   カテゴリー: 日記

今朝、駅のホームでいつものように下を流れる川を眺めていた時のこと。
駅前のロータリーの東側にある公衆トイレの手前のコーナー。
少し入り込んでいるので、改札口やロータリーからは死角になっていると
思われる。ところが、その場所、駅のホームからは丸見えなのだ。

そこで一人の女性が立ったままタバコを吸っている姿が見えた。明らかに、
そこは喫煙コーナーではないはず。それが証拠に、灰皿は置かれてないようだ。
通勤前の若い女性(とはいえ、若くなければ、はたまた女性でなければ良いと
いう訳では決してないが)が、外で立ちタバコとは、あまり格好の良い姿とは
言えない。

同じ女性として、なんとなく悲しい気持ちになりながら、見るとはなしに
そのまま見ていると、あろうことに、その女性、吸っていたタバコを
何のためらいもなく(離れた場所から見ているだけなので女性の本心は
知る由もないが、遠目から見ている限り、躊躇する気配は全くなさげに見えた)、
いきなりポーンと地面に投げ捨てた!願わくば、目にしたくなかった光景だ。

喫煙がいけないとは言わないが、喫煙するなら、TPOをわきまえるとか、
最近は男性でも携帯しているエチケット灰皿を持っておくとか、せめて、
それくらいのマナーは示してほしいものだ。

私の悲しい気持ちは、一瞬にして怒りに変わった。
なんて、行儀の悪い、無神経な振る舞いなんだろう。世も末と思ってしまった。
この国の人たちのマナーは、ここまで落ちてしまったのかと愕然とした。
いかに綺麗にお化粧をして、おしゃれな服を着て、澄ました顔で出勤しても
公衆道徳に反する行為をする女性は美しく見えないと思うのは私だけだろうか。

怒る気持ちを抑えながら電車を待っていると、服装から、まさにさっきの
ポイ捨て女性とわかる人が目の前を通り過ぎた。かすかにタバコのにおいも漂う。
思わず、心の中で叫んだ。『あなた、さっき駅前でタバコのポイ捨てしましたよね?
今から戻って拾ってきなさい!』と。

仕事に向かう朝。できるだけ爽快な気分でいたいのに、こんな残念な出来事を
目の当たりにすると、朝から気分が重たくなってしまう。
ほんに、はた迷惑なことだ。


ローソンで感動!でも……。

2011年9月24日   カテゴリー: 日記

さっき、自宅近くのローソンに買い物に行った時のこと。
その前に立ち寄った店で買い物した時に、小銭入れのふたを
きっちりと閉めていなかったようで……。
レジの前で、思いっきり小銭をばらまいてしまった。

幸いにも落とした小銭はすべて拾えた(つもりだった)。
もしかしたら、まだどこかに飛んでいるかもと、若干、思いながらも、
騒ぎを起こした恥ずかしさもあり、早々に支払いを済ませて
立ち去ろうとしたその瞬間、私の背後に一人の店員さんが
しゃがんでおられるではないか。

そして、立ち去ろうとする私に向かって、「あっ、あそこに!」
と言われた。見ると、レジ前の台の下を指さしておられる。
その指先を目で追っていくと、そこには50円玉が1枚、
かすかな光を放っているではないか!

しゃがんでそれを取ろうとする私の前に、彼女は、「ちょっと失礼」
と言いつつ回り込んでこられ、手を伸ばし、私が落とした(であろう)、
50円玉を拾ってくださった。
「はい、どうぞ」と笑顔で渡された50円玉を財布にしまいながら、
感謝の言葉を述べ、店を出た私。

小銭入れのふたを閉め忘れ、店頭で小銭をばらまいたのは私のミス。
なのに、あそこまで親切にしていただき、本当に感動した。
ローソンの社長に知らせたいくらいだ。

そして、自宅に戻って、小遣い帳をつけていて愕然とした。
実は、その50円玉、どうやら私が落としたものではなかったのだ。
えらいこっちゃ、どないしょっ!と思いっきり焦る私。
後でローソンに返しに行こうっと!


首長の力量

2011年9月23日   カテゴリー: 日記

またしても残念な事件が起こった。愛知県日進市で起こった福島産花火の
打ち上げ中止事件。約20件の「放射能に汚染された花火を打ち上げるのか」
という市民からの苦情が寄せられ、打ち上げ中止を決断された市長。
花火大会には福島産以外の花火を打ち上げられたそうだ。

その後、その事態を知った他の市民(他地域の市民も含まれるかもしれないが)
から3000件以上もの抗議が寄せられたとのことで、昨日、産地の福島県
川俣町まで出向き、町長と花火製造会社の社長に市長が謝罪されたとのこと。

そもそも、この花火大会には被災地の復興を支援しようという目的もあり、
川又町で作られた花火を打ち上げようという話になっていたらしい。
それなのに、わずか約20件の苦情に負けてしまうとは、
いかにも本末転倒な話ではないかと思う。首長たる市長のお考えは、
そこまで確固たるものではなかったのだろうか。

花火大会開催を決められた時、その行事の目的を明確に市民に伝えられて
いたのだろうか…..。寄せられた苦情には市民の知識不足という背景もあった
だろうに…..。それに対して、「皆さんが心配されるようなことはありませんし、
復興支援のための行事でもあるので、予定通り、福島産の花火は打ち上げます」
と、なぜ明言できなかったのだろうか。

結局、反対意見の講義が寄せられて、現地まで謝罪に出向くのであれば、
なぜ、そうなる前に善処できなかったのかと残念に思う。
謝罪に向かう市長やその同行者が費やす費用、時間や労力、また、
その相手をする川俣町長や花火製造会社社長の時間や労力、すべてが
有限なコストのはず。もっとほかに有効な使い道があっただろうに….。
本当にもったいない話だ。

何事にも反対者もいれば賛同者もいる。全員が満場一致で賛成することなど
稀有なことだ。そこで有無をいうのが、リーダーの考えだ。
わずか20件の苦情でぶれてしまうほどの弱いお気持ちだったのだろうか。
それとも、ご自分も多少なりともそういう恐れがあるのではと懸念されていたの
だろうか。いずれにせよ、首長の力量が問われる事件だ。

せめてもの救いは、打ち上げ中止に対する抗議が、3000件以上も寄せられた
という事実だ。この国もまだ捨てたもんではないかも……..。


「スキルス闘病記」

2011年9月21日   カテゴリー: 日記

公私ともにお世話になっている方のお父様が亡くなった。
昨夜、お通夜に参列し、帰りにいただいたものがある。
お父様が書かれたエッセイ「スキルス闘病記」という冊子だ。
昨年、罹患されていることがわかったスキルス性胃癌との
闘病記録を、最後の力を振り絞ってつづられていた。

その中には、病に負けたくない、もっと生きたい、というお気持ちと
でももう…..という悟りのお気持ちが何度も入り交じる、という
日々のご様子が如実に記されている。また、同時に、
ご家族やご友人の方たちへのあふれるばかりの愛と思いやりが
随所に見られ、涙なくしては読めなかった。

13年前に肺癌で旅立った最愛の父のことを思い出した。
最期のタイミングは父だけが知っていた。父が主治医に、
家族には絶対に内緒にしておいて欲しいと固く口止めしていたらしい。
父が旅立ったのは11月中旬。その年の8月には、来年の桜は多分
見られないと思うから、と言い、葬儀の段取りとかを指示していた父。
我慢強い人だったが、病室でテレビを観ていて、グルメーレポート番組が
放送されると無性に腹が立つ、と文句を言っていたことも思い出した。

Oさんのお父様のご冥福を心からお祈りいたします。合掌


まず行動!

2011年9月19日   カテゴリー: 日記

「まず行動!」、私の母の口癖だ。
ゴチャゴチャ言うてる暇があったらまず行動せよ! ということだ。
物心ついた頃から、常に母からこう言われ続けて育ってきた。

先週の金曜日(16日)に、私が主任相談員を務める、「ひょうご仕事と
生活センター」主催の仕事と生活のバランス推進フォーラム2011が
兵庫県公館で開催された。今年のテーマは、「会社が変わった瞬間」。

ゲストスピーカーのおひとり、愛知県豊橋市にある、株式会社樹研工業
代表取締役の松浦元男氏のご発言を紹介しよう。同氏に何がきっかけで
会社が変わったのか質問した際にお答えくださったことだ。

ラジオで、経営の神様と言われる松下幸之助氏が話されていた言葉を
聞かれて、そのまま、即、実行に移されたそうだ。同氏いわく、神様が
おっしゃることにそむいたら罰が当たりますからね、とのこと。

ここで、その時、松下幸之助氏が言われたことをいちいち具体的に書く気は
ないが、私が言いたいことは、世の中には、人の話を聞いて気づいたことや
読書や教育により学んだことを、即、実行に移せる人が、いったいどれだけ
いるのだろうか、ということだ。

失言続きの政治家の方たちのすべてが該当するとは言えないが、中には、
松下政経塾で学ばれた方も多いと聞いている。そこで学ばれたことが、
即、実行できていれば、日本という会社の経営も、もう少し好転するのでは
ないだろうか…..。

前述の松浦社長も、同社でよく言われているそうだ。
「出来ないという理由を取ってしまえば、出来ないことはなくなる」と。

ゴチャゴチャ言わずに、まず行動すること。
命さえ無くさなければ、失敗してもまたやり直せばいい!(これも母の口癖だ!)