約1年ぶりのブログ再開!

2017年も、もう早や新緑の季節となりました。
2016年春は、母の入院、腹部瘢痕ヘルニアの内視鏡手術の後、
あれよあれよという間に1年が終わってしまいました。そして、
な、なんと、年末の12月14日に、人生初の体験をすることに…。

自分で運転していて物にぶつけたり、よその車にぶつけられたりという
交通事故には遭ったことがありますが、道を歩いていて、トラックに
はねられるという類の人身事故に遭ったのは、61年の人生で初めての
ことでした。

場所は、地元、阪急夙川駅南側の山手幹線。
私は南から北に向かって横断歩道を横断中。西から来た1.5トンの
トラック(荷物を積んでいたらしいので、実際は2トン位になっていたかも)
に左側から当てられ、右前方に飛ばされて落下。しばらく失神していた
みたいで、気付いたら、近くの駐車場の守衛さんの椅子に座らされていて、
目の前には救急隊員や警察官の姿が…。そして、一人の女性が、『私、
ちゃんと見てました。この方は横断歩道を渡ってらっしゃいました』と
証言してくださっていました。

意識を取り戻し、我に返った私は、自宅やその後、向かう予定だった場所に
連絡し、行けなくなったことを伝えました。そうしているうちに、救急隊員の
方が『病院、行きますか?』と尋ねられました。『もちろん行きます』と答え、
これもまた、生まれて初めてのことですが、負傷者として救急車に乗ることに。
先ほど、証言してくださっていた女性が、ご親切にも『私も一緒に、
乗って行きましょうか?』と申し出てくださったのですが、事故後のせいか、
妙にテンションが上がっていた私は、『いえいえ、そんなこと、悪いし、結構
です』と遠慮してしまいました。

でも、後で考えると、こういう場合は、お言葉に甘えて、同行していただいた
ほうが良かったなと、つくづく思いました。というのは、事故の瞬間、意識を
失っていたわけですから、自分では何が起こったのか全く覚えておらず、
気付いた時には、現場から移動された後だったので、自分が一体、どんなふうに
トラックに当てられ、どういうこけ方をしたのかがわからないので、自分では
ドクターに説明できないんですからね。もちろん、目撃者の方は、現場で、
救急隊員の方に、ちゃんと状況を説明してくださっていたとは思いますが、
その状況がきちんとドクターに伝わっていたのかが、不安でした。それよりも
何よりも、自分自身、何が起こったのか、詳しく知りたいという気持ちのほうが
強かったんですよね。

こけた時に右側頭部も打撲していたし、病院では、脳のCTスキャンやその他、
右上腕部も強打していたので、痛む箇所すべてのレントゲン撮影などを行い、
調べていただきました。結果、内出血や骨折も全くなく、まさに、不幸中の幸い
と言えるものでした。もちろん、打撲したと思われる個所は、赤紫色のアザが
できていましたが、これも時間の経過とともに消えてなくなりました。
トラックの運転手さんは、左側に停まっていた車を追い越そうとしていたらしく、
そっち側ばかりを気にしていて、右側からくる私を全く見ていなかったそうです。
でも、スピードがあんまり出ていなかったことが幸いしたようです。

しばらくして、再度、病院から自宅に電話をすると、母が、体の不自由な自分は、
病院に行けないので、塚口に住む叔父に連絡をした、だから病院で待つようにと
言ってくれました。師走の忙しい時期にもかかわらず、叔父夫婦が車で病院まで
飛んで来てくれて、自宅に送り届けてくれました。二人共、私のあまりの元気さに、
びっくりしていた様子でした。

さすがに、事故の翌朝、ベッドから起き上がる時は、全身が痛みましたが、
それも時間の経過とともにおさまりました。痛み止めも何度か服用しましたが、
病院で処方された分を全部服用するほどではありませんでした。結局、事故当日を
含めて、通院したのは4回だけ。うち、一回は頸部CTスキャンの結果説明を受ける
というもので、治療のための通院は皆無。それよりも、10年以上前から発症して
いる頸椎のヘルニアのほうが心配だと言われたほどでした。

頭も打っているし、しばらくは安静にしておくようにと、ドクターに言われ、
どうしても断れない研修の仕事以外、年内の予定はすべてキャンセルして、
自宅で大人しくしていました。

本当に、今更ながら、自分の悪運の強さに驚いた次第です。言うまでもなく、
母の心配は、それはそれは大変なもので、後でヘルパーさんに聞いたら、
私の最初の事故報告の電話を受けて以来、泣きっぱなしだったようです。
でも、そんな状態でも、自分の代わりに病院に行ってもらえる人に連絡
しなきゃと思い付き、叔父に連絡をしてくれた母の機転には脱帽しました。
後で聞くと、気が動転していてうまく話せなかった母に変わり、実際に
叔父と電話で話してくださったのは、ヘルパーさんだと聞きましたが、
それでも、当時87歳の母の頭は、まだまだ鈍っていないということが
立証されたシーンでした。

おまけに、母は、翌日は自分が週に一度デイケアに行く日なのに、娘が
交通事故に遭ったので明日は休みます、とまで連絡していたようです。
これにはいささか参りました。デイケアに行く日は、通常、ヘルパーさんは
頼んでいないので、母が一日家にいることで、私は、かえってしんどい思いを
しなきゃいけなくなるのだと説明すると、『それもそうやな』と納得してくれ、
再度、『やっぱり、明日は行きます』と連絡していました。

事故から、ほぼ5ケ月が経過した今も、後遺症も出てきておらず、日々、
元気に過ごしています。今、思い返しても、ラッキーだったと思います。
きっと亡き父が守ってくれたんだと思っています。そして、もう少し、
落ち着いて、ゆったりと時間を過ごすようにという気づきを与えてくれた
のかも、とも思いました。とはいえ、今月は、またしても超多忙を極める月に
なりそうです。それでも動くときには、できるだけ、じっくり、ゆっくり、
落ち着いて行動するように気を付けないといけないな、と思っています。


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