いざ、宮古島へ!

 

今日から4泊5日で宮古島に!
去年6月に設立した一般社団法人アーツ・コミュニケーション・ラボの
メンバーと一緒に行く、初めての旅。宮古島に行くのも人生、初のこと。
毎年秋に、アーツセラピーの先生が開催されている合宿ワークショップの
現地下見がこの旅の目的なので、純粋な遊びの旅ではない。とはいえ、
日頃の出張とは全く違う旅だと いうことは一目瞭然。

実はこの旅、私にとっては一つの大きなチャレンジだったのだ。
母が、2010年に骨折で入院し、その後、老人性ウツを発症し、
要介護4の認定を受けて以来、出張で最長2泊は母を置いて、
家を空けたことは何度かあったが、4泊5日にわたる、母を一人、自宅に
残しての4泊5日の長旅は初めて。

一度は要介護4であったが、多くの方々のご支援と母本人の気力も奏功し、
2011年には、幸い要介護2にまで回復。が、足腰もなかなか自由に動かず、
室内でも歩行器に頼って歩く母が、一人で過ごす時間が長くなることに対して、
日頃から不安を抱くのは当然のこと。 その母を遺して出かけることに、
正直、罪悪感はある。それも、少しではない。

でも、自分のために、私がしたいと思うことができないという状況を、
果たして母は望んでいるのだろうか。それよりも、私は私で、できる限り、
自分がしたいことをできる時にして、その分、母のそばにいる時には、
優しくケアして あげるほうが、長期的な、より良い母娘関係の構築と
継続につながるのではないだろうか、といった自問自答を、旅の話が
出て以来、頭の中で繰り返す私…。留守中、ショートスティに行って
もらうという案もある。実際に、過去に何度かトライもしたが、それらの
体験が、あまりハッピーでなかったことも原因になっているようだが、
最近は、猫たちと離れたくないし、ショートスティはしたくないと言う。

たまたま、幸か不幸か、この5日間(19~23日)、何も仕事が
入っていなかったので、 思い切って出かけてみることにした。
一日でも仕事が入っていれば、行けなかった訳だが、それがなかった
ということは、行ってくるようにという天のお告げのようにも思えた。
いささか身勝手な考え方かもしれないが…。
思えば、2010年の入院以来、出張以外で、友人と1泊2日の旅に
出かけたのは2回だけ。それも近場の滋賀県と有馬温泉…。

2月中旬に、思い切って、宮古島に行こうと決めて以来、 何人かの
友人にも相談し、背中を押してもらった。不在中に母がさびしく
ないように、連日、予定が埋まるように、友人や親せきの協力を得て、
訪問してもらうことをアレンジ。その予定表を作成し、準備万端。

ただ、少しでも母が不安に思う期間は短い方がよいだろうとの思いから、
母に打ち明けるのは3月に入ってからにしようと決めていた。
3月初旬のある日の夕食後、おもむろに『ママにちょっと話があるねん』
と切り出す。不在中の母の予定表を見せ、宮古島行きを発表する私に、母は、
『ふーん、行ったらいいやん』とひとこと。思ったより簡単に事が進み、
正直、ちょっと拍子抜け。案ずるより産むがやすしとはこのことか。
夕食に、母の大好物の、老舗「寿司萬」の美味しいお寿司を用意していた
ことも奏功したかも…。

実は、母も宮古島には行ったことがなく、出発日が迫るにつれ、
『元気やったら私も行ってみたいわ~』と話す母。それを見ると、
ちょっぴり可哀想な気もするが、土産話を楽しみにしておいてもらおう。

アーツセラピーとの出会いがなければ、今回の旅は起こり得なかったわけだが、
アーツセラピーとの出会いが、一歩、前に踏み出す勇気を私に与えてくれた
とも言える。

周りの人には、研修でも、「できない」から「できる」と思えるように、
意識と行動を変えるようにと、いつも偉そうに話している自分が、要介護2の
母を一人残して5日も家を空けることはできないと思い込んでいたわけだ。
今回の旅、私にとっても、行こうという決断をすること自体もチャレンジ
だったし、それを母に打ち明けることもチャレンジだったが、もちろん
一人残る母にとっては、それ以上のチャレンジの筈…。留守中、何事も
起きないようにと、 亡き父の遺影に祈り、いざ出発!


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