肌色って何色?

最近読んだ人権啓発関連の冊子に、このようなタイトルの記事があり、
思わず目を魅かれた。

子どもの頃から手にする、クレヨンや色鉛筆で「肌色」という色があった。
その色は、アイボリーに少しピンクを混ぜたような色で、明らかに、世界の
ある一部の地域に存在する人たちの肌の色にしか過ぎない。

もしかしたら、日本だけが、その色を「肌色」と言っているのかどうか、
あるいは、日本語圏以外でも、「肌色、すなわち英語で言うとSkin Color
(スキン・カラー=肌の色)と呼ばれているのか、また、今でも日本では、
「肌色」と呼ばれているのか、恥ずかしながら勉強不足で調査はしていないが、
もし今でも、日本で「肌色」と呼ばれているのなら、ぜひ改称すべきだと思う。

前職時代に、当時のインド人の社長から聞いた話を思い出す。
日本在任中、お子さんは国際学校に通学しておられ、そこは文字通り、
国際色豊かに、世界各国の子女たちが通学している学校だ。
子どもたちの肌の色も、白い子もいれば、黒い子もいる。
教師や保護者も同様だ。

インド人である彼の子どもは、肌の色は黒めだ。ある日、その子が、
肌が白い子どもと一緒にいる時、白いほうの子が、彼の目の前で、
彼の子どもに向かって、突然、『どうして君の肌の色はそんなに
茶色いの?』と訊いたそうだ。見ていた彼は、一瞬ドキッとした
らしいが、そこは黙って見守ることにしたらしい。

すると、彼の子どもは落ち着いて、『僕の肌の色は小さい時からずっと
茶色だよ。パパとママも僕と一緒で茶色いよ。家族、みんなが茶色だよ』
と答えたらしい。そう聞いた相手の子どもは、『ふーん、そうなんだ。
僕と違って茶色い肌の色の人もいるんだ』と納得し、二人で手をつなぎ、
笑い合いながら元気に走り去って行ったらしい。
『子どもの素直な気持ちから発せられた質問を聞いて、思わずドキッと
してしまった自分を恥ずかしいと思った』と彼は苦笑していた。

ダイバーシティ(多様性)の尊重と活用推進の妨げになるものは先入観。
ごく一部の人たちの肌の色でしかない色を「肌色」と呼称することは、
まさに、その先入観を人々に植え付けることになってしまう。しかも、
クレヨンや色鉛筆は、ごく幼い頃から手にする道具だ。
幼少時に刷り込みをされた先入観を払しょくすることは、もしかしたら、
至難の業ではないだろうか。最近は、気づいた人たちが声をあげ始めて
いるため、かなり減ってきたように見受けられるが、それでも、こうした
先入観を与えるような文言は、巷には、まだまだあふれている。
少しずつでも改善していければと、そのために今、自分ができること、
すべきことを迷うことなく実行し続けたい。


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