物議をかもしたドラマが終了

この1月から放送されていた、「明日、ママがいない」という連続TV
ドラマが、先週、終了した。放送直後から、養護施設や赤ちゃんポスト
設置団体など関係各所から放映中止を求める抗議が殺到し、
ほとんどのスポンサーが、初期段階でCMの放映中止に踏み切ると
いう異例の事態が発生したり、何かと物議をかもしたドラマだった。
抗議を受け、制作者が開いた会見で、制作者側は、視聴者の抗議
は真摯に受け止め、番組内容を多少は変えることも検討するが、
放送自体は打ち切らずに最後まで続けると、毅然とした態度だった。

テレビっ子の私も初回放送分から観ていた。確かに所々に、観る人に
よっては過激と取られる描写もあったようだが、そもそもフィクションの
TVドラマなので、多少はデフォルメして描かれるのは当然のことと
理解していたし、それほど世間が大騒ぎすることかと思っていた。
むしろ子どもたちの目に触れさせたくないものを排除すべきだという
考え方に違和感を覚えたくらいだ。

世の中、子どもの目に触れさせたくないものは多々ある。それらを
すべて排除することは無理というもの。それならいっそのこと、敢えて
排除はせずに、子どもたちがそうした物事に直面した際に、彼らは
それらに対してどう思い、その思いにどう対処していくべきかについて
大人と子どもがオープンに話し合う機会をもつことの方が、よほど
大切ではないだろうか…。

最終回の前の週に放映された内容は、実の母親が迎えに来るも、
その手を振りきり、子ども自らの意思で、里親のもとに行くという
シーンがあり、子どもは親を選べないという固定観念を根底から
覆す内容だった。

特に心に残ったのは、実の母親が子どもの左手を、そして里親候補の
母親は右手を握っているシーンで、実の母親が力任せに左手を引き、
無理やり連れて行こうとして、子どもが「痛いっ」と叫んだその時、先に
手を離したのが里親候補の母親だったという場面。彼女は、自分の、
子どもを離したくないという気持ちはさておいて、子どもに痛い思いを
させたくないとの一心で自分が握っていた方の手を先に離したのだ。
まずは、子どもが痛い思いをしないようにという配慮は、実母には
見られない愛情を感じさせるものだった。

聖書でよく似た話を読んだことを思い出した。1人の子どもを互いに
自分の子だと言い張り、譲ろうとしない2人の女性に対して、訴えを
聞いていた役人が、そこまで譲り合わないのであれば、いっそのこと、
その子の体を半分に切って、半分ずつ持ち帰れと進言した。
その言葉を聞くや否や、1人の女性は、その子は自分の子ではない、
だから体は切らないでと嘆願した。その様子を見ていた役人は、
その子の真の母親は、今、その場で泣いて嘆願している方だと見破り、
その子は実の母のもとに戻されたという話だ。

「生みの親より育ての親」という諺もあるように、子どもにとって大切な
ことは、どう生まれてくるかよりも、どう育っていくかではないかと
考えさせられた番組だった。


カテゴリー: 日記 パーマリンク