あるがままの姿の成せる業(パート3)

(22日投稿のパート1、23日投稿のパート2からの続き)

2日間の全プログラム内容について、ここで詳細を述べるつもりはないが、
印象に残っていることを紹介したいと思う。ダンスとは言え、別に集団で
舞い踊るわけではなく、私達が日頃、日常生活を送る中で、何も深く考えずに
繰り返し、している行動を、講師の指示と音楽に合わせて、その時の自分の
気持ちの赴くままに、好きなように動きをつけて、表現していくだけのこと。

例えば呼吸 -- 息を吐いたり、吸ったりする行動を、できるだけ大げさに
表現してみるセッション。気分が赴くままに声を出したり人は出してもよい。
息を吸う時には思いっきり両手を広げて空に届けとばかり上方に伸ばし、
肩甲骨の動きを意識し、膝には力を入れないようにして、全身を使って表現する。
その時、自分は大きな人間で、だからこそ、これだけ大きく腕を伸ばし、
広い空間を占領してもいいんだ、自分はそれだけの価値がある人間なのだ、
ということを意識してみる。すると、更に大きく伸びられる感じがするから不思議だ。

例えば歩行 --音楽に合わせて早めに歩いたり、ゆっくり歩いたりを繰り返す。
直線のみで歩いたり、曲線を描くように歩いたり、これもまた、講師の指示に従い、
縦横無尽に自由に歩き回るだけ。頭は空から垂れた糸につながっていて、まるで
ぶら下がっているような気持ちで、足は、大地の底に引っ張られるような気持ちで
歩くと良いとのこと。実際に、そういう気持ちで歩いていみると、姿勢が良くなり、
爽快な気持ちになる。

次に、「歩く」、「立ち止まる」、「一定方向を見つめる」という3つの行動パターンを
自分の好きなペースで繰り返す。その後、講師の指示で、誰かととすれ違う時に、
互いにどこか触れ合うようにする。そもうち、自然にいくつかのグループが出来て、
そこかしこで、それぞれが各自の気持ちに任せて、自由に体を動かしたり、動きを
止めたりしている。まるで、“多様性の中の融合”とでも言えばよいだろうか。
見ていると、とても美しい動きだ!

あるいは、動いている集団からそっと抜け出し、しばらく外からグループの
動きをじっくり観察するも良しとのこと。いったんグループの外に出て、
みんなの動きを観察し始めると、その美しさに思わず見とれてしまう。
そのまま、結局、最後まで動いている集団には戻れなくなってしまった。
見ている最中、その理由はなぜだかよくわからないが、何か胸に熱いものが
込み上げてきて、涙があふれ出てきた。海外の著名なグループが演じる、
高価なバレエを鑑賞していても、ここまで魂が揺さぶられることはいまだかつて
なかったような気がする。

講師は、あくまでも、今までの動きに変化を加える時に、その指示を与えるだけ。
具体的に誰が、どこで、どのように動くべきかなどの演出や振り付けは一切なし。
参加者が、あるがままの姿で、各人各様、好きなように動いているだけ。
その動きは、何物にも代えがたい、立派なアートと呼べる。一つの芸術作品と
言っても過言ではない。これこそが、まさに、あるがままの姿の成せる業!

日頃、組織の中で、「こうあるべき、こうある筈」という固定観念に縛られ、いつも
殻に閉じこもって生きている人たち…。今の社会に、そういう人たちがいかに多いか、
日頃の仕事を通して気づくことが多い。時には、自分もそうなっていることが…。
彼らに対して、そして自分自身に対して、この2日間を通して感じたことを、
今、声を大にして伝えたい。
あるがままの姿で生きることの素晴らしさを!
自分らしくいることの素晴らしさを!
自然であることの素晴らしさを!


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