死んでも誰かの役に立つ

曽野綾子著の「人間の基本」を読んだ。その中に、1972年10月、
アンデス山中で墜落した飛行機に乗り合わせ、奇跡的に助かった人たちが、
同乗者の遺体を食糧として72日間生き延びたという出来事について
書かれた本の一節が引用されていた。敬虔なカトリック信者にとって自殺は
許されない行為。ほかに食べ物がない状況で、食べられるものを目にしながら
食べずにいることは自殺行為。彼らは、議論に議論を重ね、『聖餐』として、
その行為を受容したらしい。

引用されていた部分は、後日、1人の亡くなった青年の父親が、無事に
救出された生存者たちに初めて会った時に口にした言葉で、
「私の息子があなたたちの役に立ったのですね」と、息子の人生には
素晴らしい意味があったのだとさも嬉しそうに話したというくだりである。
読んでいて、涙が出た。

日本でも未成年者の臓器移植が可能になり、脳死と診断された少年の
両親が息子の臓器移植に同意したという出来事は、まだ記憶に新しい。
幸か不幸か、子育ての経験はないが、私が同じ立場であったとしたら、
果たして同じ行動が取れただろうか……。

この話を友人にしたら、宮沢賢治著の『銀河鉄道の夜』に出てくるサソリの
話をしてくれた。そこであわてて、『銀河鉄道の夜』を読み始めた私。
今朝、ようやく、その“サソリの話”が出てきた。かいつまんで紹介しよう。

小さな虫を食べて生きてきたサソリ。そのサソリが、ある日、イタチに
追いかけられて必死に逃げる中、井戸に落っこちた。そこで溺れ死ぬ前に
お祈りしたそうだ。

「私は今までいくつもの命を取って生きてきた。その私がイタチに命を取られ
そうになった時、こんなに一生懸命逃げ廻った。でも、とうとうこんなになって
しまった。どうして、私は、私の体を、だまってイタチにくれてやらなかったのだろう。
そしたらイタチも一日生き延びられたろうに。どうか神様、この次は、こんなに
むなしく命を捨てず、みんなの幸せのために私の体をお使いください」と。
こうして、サソリは、今でも赤く夜空に輝いて私たちを照らしてくれるさそり座に
なったという話だ。これを読んで、また、感動!思わず、ウルッと来た。

父の遺品を整理していた時のこと。臓器提供カードを発見。すべての臓器を
移植すると印がつけられていた。肺がんだった父の臓器移植は不可能だった
に違いない。ただ、血管が無い角膜だけは移植できたらしい。父の角膜で
二人の人の視力が回復したのに残念だったね、と眼科医の従兄が話して
いたことを思い出す。残念で仕方がない。生きている間にひとこと言っておいて
くれたら、と悔やむ思いだ。私も、すべての臓器を提供したいと印をつけた。

今、ひょうご仕事と生活センターで一緒に仕事をしている北条センター長。
彼のモットーは、「人のために汗をかく」。生きている間はもちろん、死んでも
誰かの役に立つ人生は素敵だ。私もそうなりたい。


カテゴリー: 日記 パーマリンク