四季がある意味

先週末、昨年秋からシンガポールに単身赴任中の前職時代の同僚と
約4ケ月ぶりに再会。会うなり、彼女の第一声は、『日本は寒いねぇ』
というもの。確かにシンガポール帰りの彼女にとっては、先週の神戸の
気温は肌寒いと感じて当然だろう。

足元を見ると、サンダル履きで、ソックスを着用している。
見られていることに気づいた彼女は、『向こうだと素足にサンダルで
全然OKなんだけど、さすがに日本では冷えると思って、ソックスだけは
履いてん。変な恰好でしょ』と照れ笑いする彼女。

彼女がしみじみ言うには、「向こうに行ってから気づいたんだけど、四季が
あるってことは、つくづくいいことなんだって思うねん」と。
四季があるからこそ、人間、メリハリをつけて生活出来るような気がすると
言うのだ。確かに、農業、漁業、酪農業など営む業種にとっては、四季の
変化に伴い、発生する作業が異なる訳で、この季節になったら何々をする、
次の季節になるまでには何々をし終えておく、というように、四季の変化に、
敏感に対応して行動することが求められる。

家庭でも、四季の変化により発生する作業は多々ある(あった?)。
エアコンのおかげで、最近はめっきり少なくなったように思うが、
子どもの頃は、夏と冬で部屋の建具一式が、季節に合わせたものに
入れ替えられていた。建具を入れ替えることにより、エアコンが無くても
夏をより涼しく、また、冬をより暖かく過ごせるように工夫されていた。
「衣替え」という言葉も、四季があるからこそ生まれたものだろう。

四季のある国で暮らす身としては、四季がなければ、洋服や和服、靴など
季節毎に身に着ける物も要らないし、衣替えもしなくて済むし、さぞ楽だろうな、
と思うものだが、いざ四季の無い国で暮らしてみると、四季のある生活が
恋しくなるものなのだろう。

彼女いわく、四季が無い国では、自分でよほどきちんと意識していないと、
ともすればダラ~とした感じで、日々、流されてしまいそうになる、と彼女は
言う。四季がある国で暮らしていても、日々、ダラ~と流されがちの私に
とっては耳が痛い話だ。彼女の意見を参考に、四季がある国で暮らせることに
改めて感謝の気持ちを持ち、メリハリのある生活をしようと決意。
その甲斐あってか、週末は単衣用の長じゅばんの襟付けに精を出した次第。
おかげで今日は肩こりがひどい…..。


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