残念な観客

母はテレビを観るのが好きだ。私も在宅時は、母と一緒に
よくテレビを観る。だが、難点が…….。それは、母は決して
模範的な観客ではないということ。

話が佳境に入っている時に限って、「あの人、誰?」とか、
「あの人たちはどういう関係?」とか、「さっきの人はどこ行ったん?」
とかって、いきなり質問してくる。
その声でテレビの音はかき消され、肝心な会話を聞き逃してしまう。
そのため、結局、私まで訳がわからなくなったり、ってこともしばしば。
生前、父がテレビを観ている時にも、同様に、よく父に話しかけていた母。
その母に向かって、コワイ顔をして「しっ!」と言っていた父の姿を思い出す。
当時の父の気持ちがよくわかる。

テレビを観ながら、母が話しかける相手は私だけではない。
母は、テレビの中の登場人物に向かっても話しかけるのだ。

例えば、刑事ドラマで誰かが襲われて倒れているシーン。
発見した人が、倒れている人を抱き起こして、
「〇〇、おい、大丈夫か、しっかりしろ!」などと叫んでいると
すかさず、「そんなん言うてる間に、早よ救急車呼ばなあかんやん。
それに頭打ってるのに揺り動かしたりしたら容体が悪なるやん」と、
医学的知識を披露したりすることも…..。

また、刑事が逃げる犯人を追いかけながら、「こら待て、逃げるな」と
叫ぶ姿を見て、「そんなん言うて逃げんのやめて待ってくれる犯人なんて
いるわけないやん」と。 これは、亡き父も生前よく言っていたな。

性格的にやや気弱なところが見受けられる王様が主人公の 韓流長編ドラマを
観ている時は、「大体、あんたがそんな優柔不断な 態度でいるから、
周りが図に乗って悪いことするんやん」と文句を言う。
さすがに母に向かって「しっ!」とは言わないが、 心の中で私は叫ぶ。
「所詮、テレビの中の話やっちゅうねんっ!そんなに入り込んでどない
すんの」と。いやしかし、製作者の立場から言うと、ここまで入り込んで
鑑賞してくれる視聴者の存在は有り難いものかも……。

もう一つの難点は、テレビを観るのが好きなくせに、途中でよく
うたた寝をする母。うたた寝をして見過ごしてしまった部分について、
番組が終わってから訊いてくれたらいいものを、途中で訳がわからないまま
観続けるのはイヤなようで、タイミングも何も全くお構いなしに、
「あれからどうなったん?」と訊いてくる。
テレビを観るのが好きなんやったら、ちゃんと責任もって、最後まで
しっかり起きて観ておけばいいのに……。ホント、残念な観客だ。

とは言え、劇場でお芝居や舞踊、コンサートなどを鑑賞する時、母は、
いつも静かにお行儀よく観ている。彼女は、そういう場所でも平気で、
周りを気にせず、大声でおしゃべりする人たちとは一線を画している。
先日出かけたお能の会で、前列に座っておられた年配の女性お二人が、
休憩時間でもないのに、絶えず大きな声でおしゃべりをされていた。
声が大きいため、別に 聞こうと思っていないのに、話の内容が全部聞こえる。
その内容は、明らかに、 全く、その場で話す必要があることではない。
静かに鑑賞したいと思っている周りの観客たちにも迷惑だし、何よりも、
この日に備えた日頃の練習の成果を披露しようと、 舞台で一生懸命、
謡い、舞われている方たちに対して失礼ではないか!
これぞまさしく、本当の、残念な観客というもの!


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