見送りのタイミング

今朝のこと。出勤時に最寄駅で目にした光景。
駅の改札口で娘さんとその母親と思える二人がたたずみ、話していた。
その会話の一部を再現しよう。
「ほなまたね。いろいろありがとう。気ぃつけて帰ってね」と娘さんが話し、
「こっちこそ世話になってありがとう。あんたも気ぃつけて。○○さんに
よろしくね」とお母さんが話す。○○さんとは、娘さんの夫の名前なのか…..。

母親とおぼしき人は、少し小さなごろごろバッグ(コマ付きのバッグ)を
持っていた。夏休みで娘の家にしばらく滞在していたのかも…..。

お母さんは、私の前に改札口を通り抜け、プラットフォームに向かう。
その後に続く形で、プラットフォームに上がり歩いていると、
前を行くお母さんがいきなり後ろを振り向いた。
いっしゅん、『えっ?!この人、私になんか用あるんかな』と思ったが、
その次の瞬間にひらめいた。そして、私も振り向いた。

改札口には、もう娘さんの姿はなかった。
小さな子どもを待たせていたのか、はたまた出かける前で忙しかったのか、
娘さんにどういう事情があったのか、赤の他人の通りすがりの私には
知る由もないが、振り向いても私の顔しか目に入らなかったお母さんは、
心なしか、やや寂しそうに肩を落として前を歩いて行った。

ほんの数分のちに電車が着いた。
あともう少しの時間、改札口であの娘さんが見送っていたなら、
老いた母親はハッピーな気持ちで帰途につけたのではないだろうか。
人を見送るタイミングって難しい。
また、見送られている人が、どこまで振り返るべきかも悩ましい。

相手に連れがいれば、さっさと帰ってしまってもよいかもしれない。
でもお互いに一人の時は、特に悩ましい。どちらかが、電車や車など、
移動するものに乗っていたら、きりもよいが、歩いて別れる時などはやっかいだ。
いつまでも姿が見えなくなるまで見送っているのも時間がかかるし、大変だ。

でも、振り返った時に相手の姿がすでにないというのは、やはり寂しい気が
する。もちろん、互いの間柄にもよることだが…..。見送りのタイミングって、
やっぱり難しいものだ。


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