約2週間の欧州出張(パート3)

2017年9月25日   カテゴリー: 日記

母に、今回の件を告げた時、もう一つ伝えたことがありました。
かいつまんで書くと、その場で伝えたことは以下の通りです。
前のブログにも書いたように、その場にはケアマネージャーさんも
同席されていたので、私も、感情的にならずに、冷静に伝えること
ができました。

*母の両親が比較的若くして亡くなったこと、また、病弱のため生涯
 独身だった兄(後に事故で他界)が同居していて、彼が日々、
 両親の世話をしてくれていたため、母自身、親の介護経験がない
 ので、私の気持ちは理解できないと思う。
*あまりにも、母の、私に対する依存度が高いと、私にとっては、
 それが、ものすごいストレスになることがあり、そういう状態が
 続くと、心身共にまいりそうになることもある。
*そうならないためには、私への依存度が、これ以上高くなり続けると
 そのストレスでダウンする前に、母には、長期でどこかの施設に入居
 してもらうことも考えざるを得ない。もちろん、そんなことは、
 したくないし、今の母の状態では、まだそういう必要はないと思う
 けどね、と付け加えた。
*母が、私への依存度を心底なくすことは無理かもしれないが、せめて
 私の前では、私がいなくても大丈夫、というように、そういうふり
 だけでもしてほしい。

正直、やや脅しっぽいような内容にとれますが、以前から、友人たちに
相談しながら、いつか機会があれば、こういうことを伝えたいと考えて
いたので、今回が、まさに絶好の機会となったわけです。

そして、これは、かなり効果的でした。母は、まだ、頭はかなりしっかり
しているほうなので、あまり私に寄りかかりすぎると、施設に入ること
になるかも、それは自分が望むことではないということで、本心は無理
でも、ひとまず、できるだけ私に依存しすぎないように、ふりだけでも、
しようと思ってくれたようです。

告知してから出発までのひと月弱の間、あまり弱音を吐くことなく、
食欲もそう減らずに、明るく、ふるまってくれていました。たまに、
私がいないと猫たちがさぞ寂しがるだろう、などと、猫をダシに、
私がいないと困るオーラはそこはかとなく出しつつも、以前ほどの
頻度で、私がいないと困る的発言はしないようになりました。

今日は、早朝から、滋賀県の唐崎にある、全国市町村国際文化研修所に
来て、終日、欧州視察旅行に参加される受講生の方々の出発前研修の
講師を務めさせていただきました。終了後の夕方、母に電話をしたら、
デイケアから帰宅したところで忙しいとのこと。夕食後、一つ母に
伝えることがあることを思い出し、再度、電話をしたら、その時も、
明日、明後日と1泊2日でショートスティをしに行くので、その準備で
忙しいとのこと。なんだか、肩透かしを食わされたような感じ。
まぁ、でも電話口で、寂しい、不安だ、などと泣き言を言われるよりは、
よっぽど良いというもの。

明日の研修は午後2時半には終わるので、その後、芦屋から滋賀に嫁いだ、
小学校からの友人と、湖西線沿線の堅田で会うことにしました。彼女と
会うのは、ずいぶん久しぶりのことなので、今から楽しみです。

そして、いよいよ明後日の早朝、ここ唐崎の研修所から受講生全員と
一緒に貸し切りバスで関空に向かいます。(パート4に続く)


約2週間の欧州出張(パート2)

2017年9月23日   カテゴリー: 日記

過去半年間にわたり、何度か、主催者様のご担当者様と面談したり、
お電話やメールで打ち合わせをさせていただき、いよいよ出発は
明後日、25日の月曜日に迫りました。
この日は、早朝から、ひとまず滋賀県の(公財)全国市町村研修財団に
向かいます。こちらで、月曜と火曜の2日間、今回の参加者の方々を
対象に、ダイバーシティ(多様性)とワーク・ライフ・バランス
(仕事と生活の調和)について基本的な研修を行ったり、事前に準備
されている参加者の方々の事前課題研究の発表をうかがい、それに
対する講評をさせていただいたりといった時間を持たせていただきます。
そして、水曜早朝に、滋賀の研修所から、みんなでそろって関空に
向かいます。ドイツ、フィンランドとまわり、帰国は来月6日の朝。

ここで、母への告知について、少し触れておきましょう。

昨年暮れに、交通事故に遭ったこともあり(幸い、ほぼ無傷でしたが、
この事故の詳細はこの前のブログにも記載しています)、あれ以来、
私の身に、もし何か起こって同居不能になるかもしれないことを想定し、
そんな時にもあわてなくてもよいように、今年の春から、何軒か、母に
ショートスティを体験してもらう機会をつくるようにしてきました。
母にとって、できるだけ居心地が良い、お気に入りの施設を見つけておく
ためでした。施設のオープンデーサービスの機会に、2人で見学に
行ったりしているうちに、一か所、お気に入りの施設が見つかりました。
そこでは、月曜と木曜には麻雀をすることも可能なようで、麻雀好き
の母にとっては、願ったりかなったりのことでした。自宅から近くの
西宮市にあるので、安心感も増すようです。

まだ出張のことを告知する前の、8月の最終週末の金曜、土曜の
1泊2日でその施設に体験ショートスティに行った結果、お話し
相手になってくださる利用者様も多かったようですし、スタッフの
方々もみなさん、とてもご親切で行き届いたケアをしてくださると
本当に気に入ったようでした。おまけに、土曜日には、大好きな
麻雀にも興じられたらしく、土曜の夜に迎えに行った際には、
嬉しいことにポジティブなコメントしか出てきませんでした。

今まで過去数年間にわたり、何カ所かで、ショートスティを体験
してきた母ですが、いつも必ず何かしら、ネガティブなコメントが
あるのですが、今回の施設では、それが全くありませんでした。
私は、心の中で、今度の出張時には、ここにショートスティして
もらえるな、と思い、安心していました。

そのショートスティを体験した週明けの火曜日に、毎月の定期訪問
に来られたケアマネージャーさんを前に、出張のことを告げました。
第三者が同席してくださっているほうが、母の取り乱し度合いが少ない
のではと思った結果の戦略でした。もちろん、肩ががっくりと下がり、
しょんぼりした様子の母でしたが、思っていたよりも落ち着いて
受け入れてくれました。

母にはずっと内緒でしたが、ケアマネージャーさんや日頃お世話に
なっているヘルパーの方々には、事前に相談しながら、どのような
対処方法があるかなどを検討し、水面下でひそかに動いていたのですが、
やはり、いざ、告知となるといささか勇気がいるものでした。そのため、
前日に、ケアマネージャーさんにお電話で、明日来られた際に、母に
告知しようと思うことを伝えて、可能な限り、サポートをしていただく
ようにとお願いしていました。

事前に、ワープロで私の出張中の母の予定を表に打ち出しておいて、
それを前に、日々、どういう予定で母のケアをしていけるのかという
ことを説明しました。私から、「青天の霹靂(後日、母が私に、まさに
そういう心境だったと打ち明けられました)」とも言える告白をされた
後だったので、いろいろ説明していても、当時の母にとっては、
馬耳東風といった感じでした。

その後、ショートスティ先の予約や訪問介護ヘルパーさんの確保など
にあたったのですが、計11泊の私の不在中、母がショートスティに
行くのは、とびとびで、1泊2日を2回、2泊3日を1回と、計4泊
だけにとどまり、残り7日の夜は、できるだけ遅くまでヘルパーさんに
滞在していただき、翌朝もできるだけ早く来ていただくようにお願い
して、一人で寝ることになりました。夜中に何かあると困るなぁと
心配は尽きませんが、猫たちと会えなくなるのがイヤだと、母自身が
外泊はあまりしたくないと言うので、仕方ありませんね。

出発が迫る昨日の朝、母が、とても嬉しいことを言ってくれました。
「2週間、怪我や病気で入院して、そばにいないなんてことを思ったら、
比べようもないほど、良い仕事の機会なんだから、良いことだと
思わなきゃね」と、朝食をとる私を前にして母がポツリと話しました。
「すっごく良いこと言ってくれたね。頭いいやん!そんな風に
言ってくれると、ほんとに助かるわ」と私が言うと、私の告知以来、
毎日、そう言い聞かせ続けてると母。ちょっと、いやかなり、感動
しました。今までにも何度も思っていることですが、この母の娘に
生まれて良かったなと、改めて思った瞬間でした。(パート3に続く)


約2週間の欧州出張(パート1)

2017年9月23日   カテゴリー: 日記

このたび、ドイツとフィンランドの2か国に出張することに…。
ご依頼くださった方は、全国市町村国際文化研修所。
千葉県の幕張と滋賀県の唐崎、全国に2か所ある市町村に勤務
されている公務員の方々の研修をする施設です。
毎年1回、海外視察研修旅行を実施されていて、行き先は、
アメリカ、アジア、ヨーロッパの3カ所。毎回、テーマを決めて
行き先を選ばれるらしいのですが、今年の一つのテーマは、
「人口減少時代における自治体政策~働き方・産業政策・雇用・医療・
福祉~」というもので、行き先として選ばれたのがドイツとフィンランド。

ドイツは、ハイデルベルグとフライブルグ、フィンランドでは、ヘルシンキ
を訪問。ワーク・ライフ・バランスの観点で先進的な企業や国家機関として
国民を支援している組織などを訪問する予定です。今回は、全国の市町村
から男性16名、女性8名の総勢24名が参加されるということで、
自分で言うのもおこがましいのですが、その分野での専門家ということで
同行していただけないかと、お声掛けいただきました。

初めに、このご依頼が舞い込んできたのは、今から約半年前の4月。
滋賀県からご担当者の方々が、わざわざ拙宅近くまでご足労くださり、
はじめは、どういうところを視察すればよいかについてのインプットか、
あるいは、国内での基礎的な知識の研修をお引き受けするのかなと
思っていたところ、面談の最後のほうに、実は、この研修旅行に同行
していただけないかと尋ねられました。初めは、私のように海外事情
に必ずしも明るくないものが、そのようなお役目をお引き受けするのは
分不相応ではないかと辞退モードでいたのですが、それでも企業での
就労経験もあり、自治体とも協働経験のある私にぜひにと説得され、
お受けしました。

真っ先に脳裏をよぎったのは、要介護2で同居する母のこと。
出発は今秋ときいていたので、予定は空いていたのですが、やはり、
母が今のような状態になってから、最長で不在にしたのは1週間。
2週間というのは、確かに長いよなぁと思いながらも、このような
ご依頼を受けること自体、とても名誉なことだし、自分にとっても
後学のために必ず役に立つ体験になると思い、決断しました。
まだ、出発まで半年あることだし、今後のことは、これから考えて
準備をしてゆけば良いと思い、母には、直前まで黙っておくことに
しました。母にとっては、心配する期間が短いほうが良いに決まって
いるので、それまでに、新たな施設でのショートスティを体験して
もらったりしながら、準備を進めることにしました。
(パート2に続く)


It’s a small world! (世間は狭し!)

2017年5月23日   カテゴリー: 日記

前回のブログに、去年12月14日に交通事故に遭った話を書きましたが、
久々にブログを読んでくださった方からお見舞いのメッセージをいただき、
とても嬉しく思いました。こうして、継続的に、私のブログを読んで
くださっている方がいらっしゃるということを励みに、これからも、
できるだけ記事をアップしていこうと思います。

前回ブログで事故の顛末を書いた際に、ご親切な目撃者の方のことも
書きました。救急車に乗って行きましょうか、とまでおっしゃって
くださったのに、テンパっていた私は、そのお申し出を断ったことを、
実は内心、ちょっぴり後悔していたんですよね。

自分がいったいどんなふうに、トラックにはね飛ばされ、どんなこけ方を
したのか、ずーっと気になっていたんです。でも、後悔、先に立たず。
事故の後、近くの駐車場の守衛さんの椅子に座らせてもらっていたので、
その守衛さんには、お礼のご挨拶に行きました。でも、その方も、お仕事中
で、事故の瞬間はご覧になっておらず、ドンという音を聞き、初めて
外を見たら、私は既に倒れていたとのことでした。

一番近くでその瞬間をご覧になっていたのは、そのご親切な女性の方。
でも、こちらは、はっきりとお顔を覚えているわけでもなく、再会の機会
は、まずないものとあきらめていました。そしたら、な、なんと、その方と
今年の2月に偶然、再会することができたのです!

去年の7月から友人の紹介で、国際ソロプチミスト(神戸西)に入会したの
ですが、そのチャリティー活動の一環で、2月7日にバザーが開催されました。
場所は、新神戸にあるANAクラウンプラザホテル。私は、会場のブースを一つ
お借りして、2014年に設立し、以来、代表理事を務めている社団法人
アーツ・コミュニケーション・ラボの存在を、この機会に、少しでも多くの
方に知っていただくため、30分間のミニカウンセリングのコーナーと展示を
設けていました。

すると、会場で、私よりも少しお若い感じのおきれいな女性の方が、私に
近寄り、声をかけてくださいました。『もし違っていたらごめんなさいね。
あなた、年末に夙川で交通事故に遭われませんでした?』と。その瞬間、
両腕に鳥肌が立ちました!『はい、そうです!あぁ、あの時のご親切な
方ですか!』と答える私。その方は、私が所属するソロプチミストの
メンバーのお一人の方のお友達とのことで、そのメンバーに誘われて、
バザーに来られていたそうです。

私が、『確か、救急車にも乗って行きましょうかってお声がけください
ましたよね?』と言うと、その方は、『年の頃も同じ位だと思ったし、
お一人でお心細いんじゃないかしらと思って。私、時間はあったので、
病院まで付き添ってもいいと思っていたんですよ。でも、大丈夫と
おっしゃっていたし、あまりしつこく言うのも悪いかなと思い、付き添うの
は遠慮させていただいたんですよ』とのこと。

そこで、立ち話とはいうものの、当時の状況を詳しく教えていただきました。
トラックが、本当にトロトロとしたゆっくり運転だったこと、それでも、
当たった瞬間、2-3メートルは飛ばされたこと、倒れた後は、駐車場の
守衛さんに肩車で介助されながらも、自分の足で、駐車場の椅子まで
歩いて行き、座ったことなど、伺いました。警察でも言われましたが、
トラックのスピードが出ていなかったことが、まさに不幸中の幸いだった
ようです。

夙川駅近辺を歩いていらした時に事故を目撃された方なので、多分、お近くに
お住まいなんだろうなとは思っていましたが、まさか、ソロプチミストの
メンバーの方のお友達だったとは…。世間は狭しとつくづく思いました!

去年の夏、ソロプチミストに入会していなければ、また、2月7日の
バザーに参加していなければ、有り得なかったはずの、偶然の出会いだった
んですよね。ソロプチミストに入会していて良かったな、とも思いました。
そう考えると、人って、偶然の出来事とは言いながら、もしかしたら、
どこか必然的に、自分で偶然の運命を引き寄せているようなところがある
のかも…。まさに、必然的な偶然というか、意味のある偶然、って感じですね。


約1年ぶりのブログ再開!

2017年5月6日   カテゴリー: 日記

2017年も、もう早や新緑の季節となりました。
2016年春は、母の入院、腹部瘢痕ヘルニアの内視鏡手術の後、
あれよあれよという間に1年が終わってしまいました。そして、
な、なんと、年末の12月14日に、人生初の体験をすることに…。

自分で運転していて物にぶつけたり、よその車にぶつけられたりという
交通事故には遭ったことがありますが、道を歩いていて、トラックに
はねられるという類の人身事故に遭ったのは、61年の人生で初めての
ことでした。

場所は、地元、阪急夙川駅南側の山手幹線。
私は南から北に向かって横断歩道を横断中。西から来た1.5トンの
トラック(荷物を積んでいたらしいので、実際は2トン位になっていたかも)
に左側から当てられ、右前方に飛ばされて落下。しばらく失神していた
みたいで、気付いたら、近くの駐車場の守衛さんの椅子に座らされていて、
目の前には救急隊員や警察官の姿が…。そして、一人の女性が、『私、
ちゃんと見てました。この方は横断歩道を渡ってらっしゃいました』と
証言してくださっていました。

意識を取り戻し、我に返った私は、自宅やその後、向かう予定だった場所に
連絡し、行けなくなったことを伝えました。そうしているうちに、救急隊員の
方が『病院、行きますか?』と尋ねられました。『もちろん行きます』と答え、
これもまた、生まれて初めてのことですが、負傷者として救急車に乗ることに。
先ほど、証言してくださっていた女性が、ご親切にも『私も一緒に、
乗って行きましょうか?』と申し出てくださったのですが、事故後のせいか、
妙にテンションが上がっていた私は、『いえいえ、そんなこと、悪いし、結構
です』と遠慮してしまいました。

でも、後で考えると、こういう場合は、お言葉に甘えて、同行していただいた
ほうが良かったなと、つくづく思いました。というのは、事故の瞬間、意識を
失っていたわけですから、自分では何が起こったのか全く覚えておらず、
気付いた時には、現場から移動された後だったので、自分が一体、どんなふうに
トラックに当てられ、どういうこけ方をしたのかがわからないので、自分では
ドクターに説明できないんですからね。もちろん、目撃者の方は、現場で、
救急隊員の方に、ちゃんと状況を説明してくださっていたとは思いますが、
その状況がきちんとドクターに伝わっていたのかが、不安でした。それよりも
何よりも、自分自身、何が起こったのか、詳しく知りたいという気持ちのほうが
強かったんですよね。

こけた時に右側頭部も打撲していたし、病院では、脳のCTスキャンやその他、
右上腕部も強打していたので、痛む箇所すべてのレントゲン撮影などを行い、
調べていただきました。結果、内出血や骨折も全くなく、まさに、不幸中の幸い
と言えるものでした。もちろん、打撲したと思われる個所は、赤紫色のアザが
できていましたが、これも時間の経過とともに消えてなくなりました。
トラックの運転手さんは、左側に停まっていた車を追い越そうとしていたらしく、
そっち側ばかりを気にしていて、右側からくる私を全く見ていなかったそうです。
でも、スピードがあんまり出ていなかったことが幸いしたようです。

しばらくして、再度、病院から自宅に電話をすると、母が、体の不自由な自分は、
病院に行けないので、塚口に住む叔父に連絡をした、だから病院で待つようにと
言ってくれました。師走の忙しい時期にもかかわらず、叔父夫婦が車で病院まで
飛んで来てくれて、自宅に送り届けてくれました。二人共、私のあまりの元気さに、
びっくりしていた様子でした。

さすがに、事故の翌朝、ベッドから起き上がる時は、全身が痛みましたが、
それも時間の経過とともにおさまりました。痛み止めも何度か服用しましたが、
病院で処方された分を全部服用するほどではありませんでした。結局、事故当日を
含めて、通院したのは4回だけ。うち、一回は頸部CTスキャンの結果説明を受ける
というもので、治療のための通院は皆無。それよりも、10年以上前から発症して
いる頸椎のヘルニアのほうが心配だと言われたほどでした。

頭も打っているし、しばらくは安静にしておくようにと、ドクターに言われ、
どうしても断れない研修の仕事以外、年内の予定はすべてキャンセルして、
自宅で大人しくしていました。

本当に、今更ながら、自分の悪運の強さに驚いた次第です。言うまでもなく、
母の心配は、それはそれは大変なもので、後でヘルパーさんに聞いたら、
私の最初の事故報告の電話を受けて以来、泣きっぱなしだったようです。
でも、そんな状態でも、自分の代わりに病院に行ってもらえる人に連絡
しなきゃと思い付き、叔父に連絡をしてくれた母の機転には脱帽しました。
後で聞くと、気が動転していてうまく話せなかった母に変わり、実際に
叔父と電話で話してくださったのは、ヘルパーさんだと聞きましたが、
それでも、当時87歳の母の頭は、まだまだ鈍っていないということが
立証されたシーンでした。

おまけに、母は、翌日は自分が週に一度デイケアに行く日なのに、娘が
交通事故に遭ったので明日は休みます、とまで連絡していたようです。
これにはいささか参りました。デイケアに行く日は、通常、ヘルパーさんは
頼んでいないので、母が一日家にいることで、私は、かえってしんどい思いを
しなきゃいけなくなるのだと説明すると、『それもそうやな』と納得してくれ、
再度、『やっぱり、明日は行きます』と連絡していました。

事故から、ほぼ5ケ月が経過した今も、後遺症も出てきておらず、日々、
元気に過ごしています。今、思い返しても、ラッキーだったと思います。
きっと亡き父が守ってくれたんだと思っています。そして、もう少し、
落ち着いて、ゆったりと時間を過ごすようにという気づきを与えてくれた
のかも、とも思いました。とはいえ、今月は、またしても超多忙を極める月に
なりそうです。それでも動くときには、できるだけ、じっくり、ゆっくり、
落ち着いて行動するように気を付けないといけないな、と思っています。


アーツセラピーの効果、続編!

2016年5月2日   カテゴリー: 日記

以前、アップしたブログに、母が3月14日に、下 腹部に
飛び出ていたヘルニアを中に入れて固定する腹腔鏡手術を
受けることになっていると書いた。

3月11日に入院し、14日に無事に手術は終了。
長年、ヘルニアを放置していたがため、腸の癒着がひどく、
手術開始から3時間はかかったが、経過は良好。
その後、日によってムラはあるものの、食欲も戻り、
早く退院して、猫たちに会いたいと言っていた母だが、
術後、しばらくは腹水がたまるようで、そのためか
微熱が続いたりもして…。

当初の予定では、入院期間は1週間から10日ほどと
言われていたが、結局、4月8日に退院することに。
都合、約4週間の入院生活となってしまった。
退院後の今は、できるだけ体を動かし、栄養のあるものを
たくさん食べて、筋力、体力を回復してもらいたいと
願っている。

うちから車で5分という近くの病院に入院していたので、
見舞いに行くのも楽だったのだが、近いだけ、日に2-3往復
することも…。そんなこんなで、なかなか落ち着いてブログ
をアップできなかったが、今、ようやく書けるように…。

86歳という高齢も気にかかり、なかなか手術をすることが
決断できなかったが、今回、本当に思い切って、手術して
よかった!ボコボコと下腹の何カ所からも腸が盛り上がって
いた母のお腹はスッキリと平らになり、今まではできなかった
寝返りも打てるようになったようだ。これで褥瘡予防にもなる。

ここで思い出すのは、昨年、11月に受けた母と娘のアート
セラピーのセッションのひとコマとして、すみれ先生が持参
された人体図を用いたセッションのこと。
その日は、人体図が描かれた用紙を渡され、自分が気になる
場所に、好きなように色を塗ったり、絵を描きこんだりする
ように言われた。このくだりは、以前のブログにも書いた通り
だが、もう一度、書いておこう。

母が真っ先に手を加えたのは、その人体図の下腹部。
母はその部分を灰色のクレヨンでに塗りつぶした。
水性のクレヨンを用いていたので、後で、すみれ先生が、
水を指につけて、表面を撫でると、その灰色がたちまち、
スーッと消え、元の紙の白さが戻った。
そして、先生は、母に、「もう灰色が消えましたからね。
きっとこれからは、お腹の調子も良くなってきますよ」と
話してくださった。

それから約半年の月日は経過したものの、当時は手術を
するかしないかも未定だったが、その後、とんとん拍子に
話が進み、年明けの3月に手術が決まった。

前のブログでも書いたように、アーツ表現セラピーで体験した
ことが、実際の出来事として、自分の身に起こることが、本当に
不思議だ。でもこれは、決して占いやおまじないの一種ではない。
アーツ表現セラピーで、自分が表現したことが叶うようになると
いうのは、おそらく自分の意思や力で、そうなるように仕向けたり、
引き寄せたりしているということの裏返しなのではないだろうか。

だからこそ私は、様々な願いを叶えたいと思っている人たちに、
ぜひ一度は、メーキングコラージュなど、身近で、簡単にできる
アーツ表現セラピーを体験していただきたいものだ。


母娘でアーツセラピー、1月の体験

2016年2月25日   カテゴリー: 日記

引き続き、母と娘のアーツセラピーセッションについて
紹介しよう。

今日は、2016年1月のセッションについて。
この日は、すみれさんが、インドの楽器、ジュルティボックスを持参
してくださり、ヨガ・オブ・ボイス(声のヨガ)のセッションを体験。

実は母、歌うことはあまり得意ではないらしく、カラオケで歌うこと
など大の苦手らしい。が、父の死後、今の住まいに引っ越してから、
謡(うたい)のお稽古を続けている。月に一度、先生が拙宅までお越し
くださり、お能の楽曲を、先生と一緒に次々とうたっている。

そんなわけで、すみれ先生が、シュルティボックスに合わせて、
自然に声を出し始められると、それにつられて、母も私も自由に
声を出し始めることが出来た。私は、何度か、すみれ先生の先生
であるシルビア・ナカッチ氏の指導の下、ヨガ・オブ・ボイスの
セッションには参加したことがあるが、何度やっても、これは
気持ちが良い!

すみれ先生に音感が良いと褒められて、気をよくしている母も
続けて声を出している。すると、ここで不思議な現象が現れた。
びろうな話で恐縮だが、実はうちの母は、おなかにヘルニアがある
せいか、他に抱える難病のせいか、原因はイマイチ不明だが、
いつも下剤を服用しないと絶対にトイレに行けない体質なのだ。
ところが、声を出し始めてしばらくしたら、母がやにわに
立ち上がり、『ちょっと失礼してお手洗いに行ってきます』
と言うではないか。ゆうべは下剤を飲んでいないのに、こんな
現象が起きるなんて…!? 母も私もびっくり!実は、これも
アーツセラピーの成果の一つなんだよね。

声を出すだけではなく、体を動かしたり、絵を描いたり、コラージュ
をつくったり、といった一連のアーツセラピーのワークを体験する
ことで、一種のデトックス(解毒)効果が表れることもあるらしい。

母は、すみれ先生のリードの仕方にも、とっても感動していた。
『さぁ、今から、声を出すことを始めますよ』といった、いかにも
わざとらしいような、型にはめた形式のリードの仕方とは程遠い
手法だ。最初から声を出せなくても、周りの人たちが声を出して
いる様子を見て、自然に自分も声を出したいと思えるようになる
まで待っていればよいのだ。決して無理して、周りに合わせる
必要はないのだ。

ヨガ・オブ・ボイスを指導するシルビアは、その著書の中で、
Free your voice(あなたの声を自由にしてあげよう)とも
記している。綺麗な声を出そう、上手に声を出そう、などと
構える必要は全くないのだ。心の、そして気持ちの赴くままに、
自由に、好きなように声を出す、それだけで、どれだけ気持ちが
良くなれることか。まさに抜群のデトックス効果ありだ・

今、うちの母は、シュルティボックスを買いたいと言い始めている。
が、どうやら品薄状態らしいので、しばらくはお預けとなりそうだ。


母娘でアーツセラピー体験、その効果!

2016年2月24日   カテゴリー: 日記

10月から森すみれ先生に拙宅までお越しいただき、
母と二人でアーツセラピーのセッションを受けている。
既に10月からの内容はアップしているが、
それぞれの効果について、もう一度振り返ってみよう。

10月に行きたい景色を描くということで、母が奈良に
行きたいということが判明。4ケ月は経過したものの、
無事に、2月7日に奈良に行けた。
おりしも、いっときではあるが、雪が降るような寒い日
ではあったが、昔からの知人と何十年ぶりかに再会。
美味しいランチをいただきながら、昔話に花を咲かせる。

その後、母、念願の鹿に触るという目的を果たすために
奈良公園に向かい、寒空の下ではあったが、楽しいひとときを
過ごすことができた。鹿せんべいを3束購入し、ひざの上に
置いていたため、それを狙って、あちこちからわんさかと
鹿がやってきた。あっと言う間に5-6匹の鹿に取り囲まれ、
嬉しい悲鳴をあげる母。その様子を面白がって撮影する韓国人
観光客も出てくる始末。

雪が舞い散る中、さすがに体が冷えてきたので、3束の
鹿せんべいをやり終えた後、近くの奈良ホテルの
ティーラウンジでお茶のひとときで暖を取る。
奈良ホテルに来るのなんて、何十年ぶりだろうか。
とても静かで心癒されるひと時を満喫し、一路帰宅の途に。
こうして、母が10月に描いた絵が現実となった。

11月には母のおなかのヘルニアの調子が良くなることを暗示する
アーツセラピーを受けた。その効果は、来月14日に腹腔鏡手術
を受けることで、母の体に実際に現れそうだ。

12月に、母へのクリスマスプレゼントとして描いた、母が猫を
抱く姿の絵。あの絵を描いて以来、今までは、めったに私たちに
寄り付かなかった黒猫のほうが、母が食卓に座っていると、その
足元に来て、母の足の間にまとわりつき、体をこすりつけながら
何度も往復するようになってきた。この様子だと、2匹の猫たちを
抱ける日もそう遠くはないのでは、と思える。

また、その日に同時に、母へのプレゼントとして描いたお寿司の絵も、
さっそく効果があった。1月に歌舞伎鑑賞に行った帰りに大阪に
あるお寿司やさんに行き、美味しいお寿司を食べることで実現!
こんなふうに表現したことが、次々と実現していくということが、
まさに、アーツセラピーのスゴイ所なのだ。


母娘でアーツセラピー、12月の体験

2016年2月23日   カテゴリー: 日記

今日は、12月の母と娘のアーツセラピーセッション
について書いてみよう。
12月は奇しくもクリスマスイブの24日にセッションを
していただくことに…。

この日の課題は、おりしもクリスマスイブということで、
母から私に、私から母に、プレゼントしたいと思うものを
描いてください、と森すみれ先生。
お互いに何を描いているかが見えない状態で描くように
との指示があり、母は食卓で、私はソファに座って描くことに。

私が母にプレゼントしたいものって、何だろうと考えて、まず
一番に頭に浮かんだものは健康。でも、健康を絵にするのって
ちょっと難しいよなぁと思いながら、しばらく思案していると、
ふと思いついたことがあった。

我が家では、庭に入り込んできた子猫を2匹保護して飼っている
のだが、もともと野良猫だったせいか、なかなかなついて
くれない。だんだんと慣れてきてはいるのだが、それでも
抱き上げることなんて、到底、無理というもの。
2匹とも、夜は母のベッドの上で寝るくせに、触ろうと思って
近づくと すぐにサッと逃げてしまう。

彼らを飼いだして以来、母が口癖のように言う言葉、それは、
『私が生きている間に、この子たち、抱っこできるかしら』と
いうもの。

そこで、私から母へのプレゼントとしてひらめいたものは、
猫が抱けるようになること。まず、母の絵を描き、その両腕の
中に抱かれる2匹の猫を描いた。

ついでに、その時点では奈良にはまだ行ってなかったので、
鹿の絵やドライブに行くための車の絵、お寿司が食べたいとも
言っていたので、お寿司の絵も。そして肉好きの母のために
ステーキの絵も描いてみた。

描き終えたスケッチブックを携えて、母のいる食卓に行く。
母が描いている絵を見て、おもわず鳥肌が立った!
なんと、母が描いた絵は、私が猫たちを抱いている絵だ!
そして、その様子を天国からうらやましそうに、指を
くわえて眺めている幽霊になった母の絵も描かれていた。

そばで見ていらしたすみれ先生も、思わず「フフっ」とスマイル。
なんというシンクロ!これで、母と私とは切っても切れない関係に
あるんだなと改めて痛感した次第。また、まるで一心同体のような
お互いに近い存在の母と娘なんだから、日々の生活の中で、多少、
もめることがあったとしても、金輪際、縁が切れるようなことは
まずないんだろうなということにも気が付いた。

恐るべしアーツセラピー!思わぬところで、母と娘の関係が
浮き彫りになってしまうのだ。


母娘でアーツセラピー、11月の体験

2016年2月5日   カテゴリー: 日記

引き続き、母娘で受けているアーツセラピーについて
紹介しよう。

11月は、それぞれに、人体図が描かれた用紙を渡され、
そこに各自で気持ちの赴くままに、水性のクレヨンで
色付けをしていくというワーク。

母が一番に手を加えた場所は、おなかの辺り。
灰色に塗りつぶしている。そのほか、肩や首、
右ひざ、かかとなど、痛みのある部分に、次々と
色を塗っている。

ひと通り塗り終わった後で、表現アーツセラピストの
すみれさんが、母が灰色に塗った部分に少しだけ水を
たらし、指でのばすと、母が塗った灰色が流れ落ちて、
元の白色に変わる。

母のおなかには、約50年前に開腹手術を受けた際の
癒着が原因でできた巨大な瘢痕ヘルニアがある。
今から20年ほど前に、一度、 開腹手術を受けて
ヘルニアを中に押し込んでもらったものの、当時、
術前に医師から告げられた通り、年月の 経過と共に、
徐々に飛び出してきて、今は何カ所もボコボコと
飛び出ている状態。

昨年夏に、もう一度中に戻す手術を受けたらどうかと
循環器内科の医師から提案されたが。このまま放置して
いても命に別状があるわけでなし、なんといっても86歳
という高齢だけに慎重にならざるを得ない。

消化器外科の主治医に相談し、他病院で得たセカンド
オピニオンも参考にした上で熟慮した結果、いよいよ
この3月14日に手術を受けることに…。今は、開腹せずに
腹腔鏡で手術ができるらしく、本人の負担も少ないようだ。
全身麻酔なので、それが少し心配だが、幸い、他の臓器に
異常が少ないため、なんとか耐えられるのではないかと
期待している。

この話が進んでいるさなか、11月に受けたアーツセラピー
のセッションのことは、正直、頭になかったが、今にして
思えば、すみれさんが、あの時、水を付けた指で、母の
おなかの灰色部分をぬぐい去ってくださったことが、
今回の手術を受けるという決断に結びついたのではない
だろうかと思える。

きっと、母の手術が成功し、今よりももっと元気になって
くれることを信じている今日この頃である。奈良への旅といい、
今回の母の手術といい、アーツに表現したことが具現化して
いくことを目の当たりにし、やっぱりアーツセラピーが
もたらす効果のスゴさに改めて感動した。